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環動ポリマー構造を導入し金属のような 衝撃吸収性を有する繊維強化プラスチックを開発

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2018.03.22

東レ株式会社

 東レ株式会社(本社:東京都中央区、社長:日覺昭廣、以下「東レ」)は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の伊藤耕三プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、分子結合部がスライドする環動ポリマー構造を導入した新たな繊維強化プラスチックを開発しました。  今回開発した材料は、従来のポリアミド樹脂やガラス繊維強化ポリアミド樹脂に比べ、高い衝撃エネルギーを吸収することから、今後、自動車、家電、スポーツ用品など、幅広い分野への応用展開とポリマー材料市場の拡大が期待されます。  今回開発した技術の概要は下記のとおりです。
ポイント
分子設計に加えナノアロイ®技術(注1)を適用し、ポリマー(注2)材料へ環動ポリマー構造(注3)を導入した「しなやかでタフなポリマー」開発技術を、繊維強化プラスチックに応用した。繊維強化プラスチックの繊維表面に環動ポリマー構造を選択的に配置させることで、従来の技術では達成困難であった高強度と高靱性の両立に成功し、従来材料と比較して約4倍のエネルギー吸収性(注4)と、繊維強化プラスチックでありながら15%超の引張破断伸び(注5)を実現した。
環動ポリマー構造の強化繊維表面への導入により、繊維強化プラスチックが持つポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があり、自動車、家電、スポーツ用品など、幅広い分野への応用展開と繊維強化プラスチック市場の拡大が期待される。
 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の伊藤耕三プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、東レ株式会社の小林定之研究主幹のグループは、分子結合部がスライドする環動ポリマー構造を導入した「しなやかでタフなポリマー材料」を発展させ、新たな繊維強化プラスチックを開発しました。
 自動車や家電などに広く用いられるポリマー材料は、強さと硬さを高めるために、一般的にガラス繊維や炭素繊維で複合化した繊維強化プラスチックとして使用されています。しかし繊維強化プラスチックは、強さと硬さの点で大幅な補強効果が得られる反面、複合材料における繊維自体(例:ガラス繊維)が、大きな変形に追随できず、複合材料においてもガラスのように脆く壊れやすくなることが課題でした。
 これに対して、本研究グループは、ポリアミド(注6)に、分子結合部がスライドする環動ポリマー(ポリロタキサン(注7))の構造を組み込むことで、加えられた力を分子レベル(ナノメートルオーダーでのスライド)で応力を分散させて「いなす」ことで、硬さや強さを保ちながらも、衝撃を受けても壊れにくい材料を開発することに成功しており、今回この技術を繊維強化プラスチックに応用しました。ポリロタキサンを繊維強化プラスチックの繊維表面に選択的に配置させることで、ポリロタキサンのもつ“加えられた力を分子レベルで「いなす」効果”を、これまでのナノメートルオーダーから、1000倍以上の広い領域である繊維表面において発現させることが可能となりました。これにより、従来の繊維強化プラスチックでは達成困難であった、強さと硬さを併せ持ちながら、金属のような衝撃吸収性を有する繊維強化プラスチックの開発に成功しました。
 開発した材料は、車体構造材を想定した衝撃試験において、従来のポリアミドに比べ、約8倍、従来のガラス繊維強化ポリアミドと比べ4倍以上のエネルギーを吸収し、さらに繊維強化プラスチックでありながら15%超の引張破断伸びをも達成することがわかりました。
 環動ポリマー構造の強化繊維表面への導入により、繊維強化プラスチックの持つポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があることから、今後、自動車、家電、スポーツ用品など、幅広い分野への応用展開とポリマー材料市場の拡大が期待されます。
 本研究は、東京大学の伊藤耕三教授、大阪大学の原田明特任教授、山形大学の伊藤浩志教授、井上隆客員教授、東京工業大学の中嶋健教授、理化学研究所の高田昌樹グループディレクターと星野大樹研究員、アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社(ASM)の協力を得て行いました。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
小林 定之 研究主幹
小林 定之 研究主幹
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
http://www.jst.go.jp/impact/
プログラム・マネージャー 伊藤耕三
研究開発プログラム 超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」の実現
研究開発課題 車体構造用高靭性樹脂の開発
研究開発責任者 小林定之(東レ株式会社 化成品研究所 研究主幹)
研究期間 平成26年10月~平成30年3月
 本研究開発課題では、東レ保有技術のナノアロイ®を駆使して、応力分散性に優れる環動ポリマー構造をナノメートルオーダーで分散させることにより、ポリアミド(ナイロン)を中心とした車体構造用材料の高靭性化に取り組んでいます。
■伊藤耕三プログラム・マネージャーのコメント■
伊藤耕三プログラム・マネージャー
 本研究チームでは、「車体構造用樹脂強靭化プロジェクト」において、ポリマー材料への環動ポリマー構造の導入により、従来困難であった高剛性と高靭性を高水準で両立した車体構造用材料を開発しています。今回の成果は、東レ保有技術のナノアロイ®の活用やアカデミアとの種々の連携を通して、環動ポリマー構造を繊維強化プラスチックの繊維表面に選択的に配置させることに成功した結果、繊維強化プラスチックでは達成困難であった従来の約4倍のエネルギー吸収性と15%超の伸びを実現したものです。これにより、プロジェクトの最終目標達成の見通しが立ったと言えます。今後は、成形技術を構築して自動車分野への応用を具現化するとともに、スポーツ・レジャー用品、PC筐体など、自動車以外の分野にも応用展開することを期待しています。
<研究の背景と経緯>
 東レは、ImPACT伊藤プログラムにおいて、ポリマー材料をタフでしなやかにする技術の開発に取り組んできました。ポリマー材料は、自動車のバンパーや内装、家電製品の筐体などの身近な部材に用いられることが多く、衝突や落下で壊れない必要があることからタフさが要求されます。一般的にポリマー材料は、硬い程壊れやすく、柔らかい程壊れにくい性質があります。そこで柔軟なゴムなどを添加し、壊れるのを防ぐことができますが、強度が低下するため、強い力には耐えることができません。また、強さと硬さを補強するために、ガラス繊維や炭素繊維で複合化した繊維強化プラスチックは、大幅な補強効果が得られる反面、繊維方向の強度と比較して、繊維に垂直方向にかかる剥離強度が低いため、繊維表面が破壊の起点となり、大きな変形に追随できず、複合材料においてもガラスのように脆く壊れやすくなることが課題でした。
 一方、剛性、強度を持ちつつ延性的な変形をする材料として金属材料が知られており、金属材料の粘り強さは、展性とよばれる性質によります。金属材料は外力によって変形すると、金属原子が元の位置からずれますが、それに伴い自由電子が移動することによって、金属結合を保ちながら変形し、受けた力を「いなす」ことで粘り強さを示し衝撃を吸収します。
 このように、プラスチック複合材料においても、破壊の起点となる繊維表面に分子結合部がスライドする環動ポリマー構造を選択的に配置することできれば、ポリロタキサンのもつ“加えられた力を分子レベルで「いなす」効果”を発揮することができ、強さと硬さを保ちながら、金属材料のような衝撃吸収性を持ったこれまでにない材料を創出できるのではないかと考えました。
<研究の内容>
 今回、東レは分子結合部がスライドするポリロタキサンを繊維強化プラスチックのプラスチックと繊維の境界面に選択的に配置することで、従来の繊維強化プラスチックでは困難であった強度と靱性の両立に成功し、引張破断伸びは従来材料の5倍超となる15%、約4倍のエネルギー吸収性を実現しました。
 ポリロタキサンはリング状の分子をひも状の分子が貫通した、数珠やネックレスのような構造を持ったポリマーです(図1(a))。このリング状の分子と、ポリマーの分子をつなぎ合わせることで、分子結合部がひも状の分子に沿ってスライドする環動ポリマー構造を組み込むことができます(図1(b))。
 本技術では、ポリロタキサンの分子設計に加え、繊維表面をポリロタキサンとの親和性が高くなるよう設計することで、繊維表面に高濃度のポリロタキサンを選択的に配置することに成功し、変形時に受けた力を繊維表面で「いなす」ことで、繊維強化プラスチックのもつ高剛性、高強度を保ちながら、高靱性化を実現しました。
 本技術をポリアミド(ナイロン)に適用することで、材料の破断伸びは環動ポリマー構造を組み込まない場合と比較して、5倍以上の15%超にまで向上し(図2(a))、さらに、箱状成形品を用いた衝撃試験では、環動ポリマー構造を組み込むことで、全く異なる破壊形態となり、4倍以上のエネルギーを吸収することがわかりました(図2(b)、図3)。硬さ、強度を保ったまま、これら特性を向上させた材料は、従来の、柔軟材料を添加する手法では得られませんでした。
 このような特性の詳細については現在解析を進めています。繊維表面の成分分析から、開発材では、繊維表面に高濃度のポリロタキサンが存在することがわかっています(図4)。これは繊維表面に分子結合部がスライドする環動ポリマー構造が組み込まれた結果であり、繊維表面のポリロタキサン量をコントロールすることが本技術のキーであると推定しています。
<今後の展開>
 本研究で開発した環動ポリマー構造の導入技術により、繊維強化プラスチックポリマーの持つポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があることから、自動車、家電製品、スポーツ用品など、幅広い応用展開とポリマー材料市場の拡大が期待されます。東レは、本技術を適用したポリマー材料を、自動車用構造部材、衝撃吸収部材など、しなやかさの要求される構造用部材のベースポリマーとして展開し、新規用途の開発を進めます。
<参考図>
図1.分子の模式図
図1.分子の模式図
(a)ポリロタキサン分子の模式図。リング状の分子をひも状の分子が貫通した構造を持っている。
(b)ポリロタキサンを架橋した環動ポリマー構造の模式図。引っ張られることで、リング状の分子がひも状の分子に沿って滑るように動く。
図2.従来品との比較試験結果
図2.従来品との比較試験結果
(a)ダンベル状の試験片の引張試験結果。開発材料は5倍超の破断伸びを示す。
(b)箱状成形品を用いた衝撃試験結果。250kgの錘を、高さを変えて落下させることで、入力エネルギーを設定する。開発材料は約4倍のエネルギーを吸収した。
図3.衝撃試験
図3.衝撃試験
箱状成形品を用いた衝撃試験。ポリアミドは変形せずに破壊されたのに対し、開発材料は変形しながらエネルギーを吸収した。
4.繊維表面の成分分析結果
4.繊維表面の成分分析結果
TOF-SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析法)による繊維表面の成分分析結果。ガラス繊維表面に高濃度のポリロタキサンを検出した。
<用語解説>
(注1) ナノアロイ®: ナノアロイ®
2種類以上のプラスチックをナノメートル単位で最適に混合する技術。
(ナノアロイ®は、東レ株式会社の登録商標です。)
(注2) ポリマー:
小さな分子が繰り返し結合してできた、ひも状の分子。プラスチック、化学繊維、ゴムはポリマーからできている。
(注3) 環動ポリマー構造:
分子の結合部分がスライド可能な分子構造。ポリロタキサン中の環状分子を目的のポリマーと架橋して作成する(図1(b)参照)。
(注4) エネルギー吸収性:
箱状成形品を用いた衝撃試験における、エネルギー吸収量を指標とした。
(注5) 破断伸び:
材料が引っ張られて変形し破断するまでに、どれだけ伸びたかを表す指標。破断伸度。
(注6) ポリアミド:
ポリマーの一つで、通称ナイロンと呼ばれる。東レが日本で初めて量産を開始。自動車、電子・機械部品や、雑貨、包装、建材の分野まで幅広く用いられている。
(注7) ポリロタキサン:
リング状の分子をひも状の分子が貫通した、数珠やネックレスのような構造を持ったポリマー(図1(a)参照)。
 


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