HISTORYこれまでのこと

HISTORY

企業は社会の公器である

東レは創業以来、自らを「社会の公器」と任じ、社会への貢献を究極の目的として企業活動を行ってきました。
東レの社史の中の出来事から、今日のサステナビリティの考え方を先取りした企業行動を、各時代背景・当事の東レの視点と共にご紹介します。

1926年

創業者の想いは「国民、経済に益すること」Toggle

時代背景

時は第一次世界大戦と第二次大戦の間の戦間期であった。

日本は農業国から工業国へと転換する局面を迎えていたが、輸出産品に乏しく外貨保有残高も乏しかった。1923年9月1日には関東大震災が発生し、190万人が被災するという日本の災害史上最大の損害を被るという事態から、日本経済は長い景気低迷期に入った。

東レの出来事

東洋レーヨンの設立目的は、国民、経済の発展に益するため。

綿花や羊毛を輸入に依存せざるを得ない当時の日本の状況から、原料であるパルプも国内で調達できるレーヨン糸を国産化すれば国民の衣生活は潤い、これを輸出すれば外貨も獲得できると安川雄之助旧三井物産常務取締役(東洋レーヨン(株)初代会長)は考えた。1926年に設立された東洋レーヨン(株)では、新人技術者が外国人技師から技術を習得し、設備の改善や新製品の開発に邁進した。

東レの視点

  1. レーヨン事業を衣料自給と外貨獲得の両面で国民と経済に貢献する事業に育てる。
  2. 若手日本人技術者が、外国人技師から早期に技術習得し、設備・製品の開発を通して独自の生産技術を確立し、国際的な競争力を確保する。
  3. 初代滋賀工場長 辛島淺彦(後に会長)の「工場をもって人間修養の場とする」との方針のもと、社員の能力養成、教育を重視し、近代的な技術と高いモラルを併せ持つ模範工場とする。
  4. 会社設立、立地検討において、製造業、化学工業であることによる労働問題、廃水問題に十分な配慮、検討が必須である。
工事中の滋賀工場本館事務所

1951年

米国デュポン社からナイロン技術を導入Toggle

時代背景

太平洋戦争に敗戦した日本は、経済再興に邁進した。

1941年12月に太平洋戦争が勃発し、3年8カ月後の1945年8月には日本が敗戦して第二次世界大戦が終結した。戦後、連合国最高司令官総司令部(GHQ)主導で民主化が図られ、戦禍によって壊滅的な打撃を受けた日本経済は復興に向かった。

東レの出来事

独自技術でナイロンの製法を確立したが、米社と技術提携。

東洋レーヨンがナイロン6繊維の溶融紡糸に成功したのは1941年であったが、量産計画に取り組むことになったのは終戦後のことであった。1951年には米国デュポン社との間で特許使用許諾契約に調印し、ナイロン繊維の本格生産を開始した。

東レの視点

  1. ナイロンを皮切りに合成繊維技術を深め、ポリエステル等合成繊維に取り組む。
  2. ナイロン自社開発とともに、同時期に開発していたデュポン社との技術提携も実施。高次加工による高付加価値化を推進し、輸出市場も視野に入れる。
  3. 新素材は用途毎にお客様と協働して製品開発・品質向上に取り組み、新たな市場を創出することが不可欠。
デュポン社との特許使用許諾契約調印

1955年

社是「東洋レーヨンは社会に奉仕する」を制定Toggle

時代背景

日本経済は驚異の復興を遂げ、高度成長期に突入した。

日本は、1954年に高度成長期に突入した。この時期、人々は豊かさに餓え、経済成長を最優先する風潮が強かった。世界に目を転じると、この時期に、資本主義国家と社会主義国家の対立による、東西冷戦構造が定着していった。

東レの出来事

1955年には創業以来継承した経営思想を明文化し社是を制定した(1986年にはこれを見直し、企業理念「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」へ改定)。また、1960年には国の基礎科学振興のための財団を設立し、以来、科学技術振興助成活動等を行ってきた。1993・1994年には早くから事業展開を行っていた東南アジア3カ国において、各国に科学振興財団を設立した。

東レの視点

  1. 創業時から、事業目的は生活の質的向上など、国民と経済の発展にあり、収益の拡大は手段である。
  2. 東レの業績の拡大は「社会に奉仕する」という理念を実行しようとする当社の努力が社会から認められ、社会から支援を得た結果、得られたものである。
  3. 資源の乏しい日本の繁栄には、製造業の発展は必須であり、科学技術の振興、発展が重要。
東洋レーヨン科学振興会第1回贈呈式(1961年3月)、マレーシア東レ科学振興財団設立記念式典(1993年11月)

1950年代~

研究・開発に挑戦する企業風土の醸成Toggle

時代背景

大量消費社会の到来で、日本は経済大国へと躍進した。

戦後の復興を支えた製造業の技術基盤は先進国企業から導入によるものであったが、1ドル=360円の固定相場の下、日本の製造業が輸出競争力を増進することによって、1968年、日本の国内総生産(GDP)は米国に次ぐ世界第2位へと躍進した。

東レの出来事

独自技術による新製品開発に向けて、研究体制を強化。

欧米企業など、社外からの技術導入に依存せず、また国内外企業間との競合を回避し、差別化を推進するためにも、独自の研究・技術開発成果に基づく新技術・新製品が不可欠と、東レの経営陣は考えた。
1956年に大津市に中央研究所、1962年に鎌倉市に基礎研究所を設置し、新製品の開発に勤しんだ。基礎研究所では、自由研究の原則に則り、創造的な研究・技術開発により高度な研究成果が期待された。

東レの視点

  1. 東レが持続的に成長するためには、自ら基礎研究を行うことによって新たな成長事業を創造していくことが必要である。
  2. 基礎研究・基盤技術の強化は、製造業である東レの永続的、かつ重要な経営課題であり、国の繁栄も工業製品の生産力に依ることから、研究開発は国にとっても極めて重要である。
  3. 足元の製品改良のみでなく、5年、10年、20年先の将来に答えが出るような偉大な研究を行うことが重要。
中央研究所、基礎研究所

1960年代~

ネオプラスチック・エージへの挑戦Toggle

時代背景

世界経済も日本経済も、飛躍的な発展を遂げた。

1960年代からニクソン・ショック(71年)とオイル・ショック(73年)に見舞われるまで、世界経済は目覚ましい発展を遂げた。日本では、家電や自動車など耐久消費財の普及もあって大量消費社会が到来した。1964年の東京オリンピック後、インフラ投資が一巡し一時的に不況に見舞われたが、回復すると1970年まで続く好景気へと突入した。

東レの出来事

プラスチック事業が開花し、第2の柱事業に発展。

東レは、ナイロン繊維に加えてアクリル繊維を自社技術で開発すると共に、1957年には英国ICI社からポリエステル技術の導入を図り、60年代に3大合成繊維を扱う世界有数の合成繊維メーカーに成長した。
また家電・自動車産業の発展と共に、プラスチック事業が急成長した。この間に、新素材を顧客と共に用途開拓し品質を確立する東レの事業スタイルが定着した。

東レの視点

  1. 「すべての製品の元となる素材には社会を本質的に変える力がある」。
  2. 素材メーカーとして、お客様、そして社会の要請に応えることを使命とし、新たな革新素材を提案し、お客様と共に新たな用途、新たな市場を開拓していく。
ポリエステルに関するICI社との技術提携契約調印式(1957年2月)、ポリエステルフィルム ルミラー®

1960年代

海外に製造子会社を設立し、積極的に技術移転Toggle

時代背景

世界各国が繊維工業の発展による経済成長を目指した。

1960年代、対米輸出依存度の高い日本の繊維産業は米国から輸出自主規制を迫られた。
一方、経済自立化を目指した発展途上国は製造業の発展によって経済成長を実現させようと工業化政策を採り、この時期までに急成長を遂げた日本の繊維技術の移転を求めてきた。

東レの出来事

1963年、初の製造子会社をタイに設立し、技術移転した。

東レにとって初の製造子会社は、タイに設立したポリエステル・レーヨン混の紡績、製織、染色一貫会社であった。ポリエステル短繊維の輸出先確保が設立の目的であったが、ほぼ同時期から、原糸原綿についても海外生産を開始した。

東レの視点

  1. 衰退する斜陽産業とされた繊維事業において、「グローバルに見れば成長産業」の考えで、事業拡大を志向。
  2. 国内での最先端・革新的な研究・技術開発による先端材料の創出、高付加価値製品の事業化を行い、また、革新的なプロセスの開発による抜本的なコストダウンを図る。
  3. 海外では需要、コスト競争力などを踏まえ、最適な海外拠点で生産し、現地ニーズに対応した用途開発を行う。グローバル経営で得た利益を、国内における次なる先端材料、革新プロセスの研究・技術開発に再投資し、開発・成長のサイクルを回す。
  4. 海外進出においても、事業を通じて地域の持続的発展に貢献することを旨とする。
TTTM社(タイ国)、TTCE社(チェコ共和国)、TSD社(中国)

1970年

東洋レーヨン(株)から東レ(株)に社名変更Toggle

時代背景

日本でも世界でも、経済成長の限界が見え始めた。

高度成長を続ける日本の経済環境の中で、1964年から65年にかけて金融不況が訪れた。繊維業界各社はこの不況を「ナイロン不況」と呼んだ。1970年代に入ると、ニクソン・ショック(71年)とオイル・ショック(73年)と、世界経済は2つのショックに見舞われた。

東レの出来事

国際化と新事業多角化の二正面戦略の実行に邁進。

ナイロン不況を味わった東レは、国内繊維消費の成熟化を見通し、海外事業展開の拡充と新事業多角化の推進を図ろうと、1970年に「東レ(株)」へ社名変更し、繊維事業の国際化とプラスチック事業など新事業による多角化を推進した。

東レの視点

  1. 合成繊維事業がすでに主軸となっていたことに加え、プラスチック事業の拡大も視野に、社名変更。
  2. 東レナイロン® 、東レテトロン®の製品名で、"東レ"はすでに広く認知もされていた。
  3. 社名変更を契機に新事業開発組織を立ち上げ、一方で海外繊維事業の展開に拍車をかける。
ITS社(インドネシア)

1980年代~

次世代航空機構造材向け炭素繊維事業が拡大Toggle

時代背景

二国間の貿易摩擦や国際協調による為替変動が起きた。

イラン革命に端を発した第二次オイル・ショックをきっかけに日本は1980年から3年に及ぶ戦後最長の不況を経験した。内需は停滞を続けたが、米国経済が好調であったため輸出が拡大し景気は回復した一方で、日米貿易摩擦が再燃した。1985年には先進7カ国蔵相会議(G7)で、いわゆるプラザ合意がなされ、円高はさらに進行した。

東レの出来事

強度と耐熱性を兼ね備えた高性能炭素繊維を開発。

東レはPAN系炭素繊維を開発し、1970年に滋賀工場で月数百グラムの試験生産から始め、初期に訪れたブラックシャフト・ブームで生産が軌道に乗り、80年代には航空機一次構造材向けへの採用が進展した。今や日・仏・米・韓の世界4極で生産する東グループの炭素繊維が、質・量共に世界No1に位置している。

東レの視点

  1. 永続的な成長には繊維、プラスチックに次ぐ柱となる新事業の育成・拡大が必須。
  2. 環境負荷低減を実現する軽量化素材として、PAN系炭素繊維事業は拡大する意義がある。
  3. 「さびない」、「軽い」、「強い」という炭素繊維コンポジットの特徴は、航空機にこそ使用すべきと考えて研究、開発を推進。
炭素繊維トレカ®

2000年代~

水処理プラント向け逆浸透(RO)膜受注拡大Toggle

時代背景

21世紀にあっても、安全な水を得られない地域は、いまだに多い。

1960年代に逆浸透膜の研究開発が始まり、海水淡水化などに向けた活用が期待されてきた。近年、膜法が蒸発法に比べてコスト面で優位であることが実証され、大型プラントの受注も相次いでいる。他の機能膜との組合せで下廃水再利用の取り組みも進みつつある。

東レの出来事

東レの提供した機能膜で、約4億人が安全な水を手に入れた。

東レも60年代から研究に着手し、80年代には水処理膜事業の展開を開始した。現在では逆浸透(RO)膜をはじめ限外ろ過(UF)膜、精密ろ過(MF)膜などの品揃えをし、統合システムとして提案している。東レは現在までに世界70カ国に膜を提供しており、その総出荷量を水量換算すると約6,000万トン/日となる。これは約4億人の人々が使う水量に相当する。

東レの視点

  1. 世界の人口増加などにより世界各地での水不足が懸念されており、水問題の解決は人類が取り組むべき喫緊の課題と考え早期に取り組みを開始。
  2. 機能膜とエアフィルターを、「水と空気の浄化」をコンセプトとした環境事業と捉えている。
  3. 当初から海水淡水化を目指して研究・開発を進め、徹底的な生産効率化も行い、日・米・欧・中国・韓国・中東に展開拠点を配し、グローバルに海水淡水化プラントで受注を獲得する。
  4. 大型高効率造水プラント開発に向けた国家プロジェクトでも、東レは中核として貢献。
海水淡水化プラント、逆浸透膜エレメント ロメンブラ®

現在

やがて創立100周年。次なる100年に向けてToggle

時代背景

企業は百年の計を立てて、未来に挑み続けている。

「戦争の世紀」と呼ばれた20世紀。そして今、21世紀になっても世界のいずれかの地域で紛争が続き、大国間では貿易戦争、果ては宇宙戦争がくり広げられている。そうした中で、国連が核となって地球環境と人類の持続的成長を実現するべく、国際協調による課題解決への取組みも進んでいる。一方、企業は百年の計を立てて、未来に挑み続けている。

東レの出来事

東レはぶれない経営思想で、「継続は力なり」と考えている。

東レは基礎研究に注力しつつ独自の新素材を生みだし、それが市場に定着するまでに50年、60年を要しても研究・開発を継続し、それが成果に結実してきた。こうした「継続は力なり」の経営思想は、株主への配当政策や文化・スポーツ支援活動においても一貫しており、世界レベルの女子テニス大会や上海国際マラソン大会等への協賛を長く継続している。

東レの視点

  1. 「深は新なり」、「超継続」を旨とする研究活動に取り組み、コア技術を核として、長期視点での研究・技術開発を推進する。
  2. 事業活動そのものを通じて社会に貢献することを旨とし、素材の力で地球環境問題や健康・長寿社会の実現など社会的な課題の解決に貢献していく。
先端融合研究所、未来創造研究センター(2019年開所予定)