<研究の背景と経緯>
東レは、ImPACT伊藤プログラムにおいて、ポリマー材料をタフでしなやかにする技術の開発に取り組んできました。ポリマー材料は、自動車のバンパーや内装、家電製品の筐体などの身近な部材に用いられることが多く、衝突や落下で壊れない必要があることからタフさが要求されます。一般的にポリマー材料は、硬い程壊れやすく、柔らかい程壊れにくい性質があります。そこで柔軟なゴムなどを添加し、壊れるのを防ぐことができますが、強度が低下するため、強い力には耐えることができません。
ポリマー材料は、長い分子が糸毬状に絡み合った構造を形成しています。力を受けて変形する際には、この糸毬状の分子がほぐれ、最後には一部分に力が集中し、切れることで壊れます。すなわち一部に力が集中してしまうことで、壊れやすくなり、ポリマー材料が本来持っているポテンシャルを十分に発揮しきれていない可能性があると考えられます。
一方、日本人と古くから関わりのある竹のしなやかさの起源は、柔軟な幹と、剛直な節にあります。つまり、節が特定の間隔で存在することで、変形する際に一部に力が集中せず、力が分散されます。このように、分子に加えられた力をできる限り分散させることができれば、竹のように硬くても、しなやかに力を受け流すことができ、ポリマー材料の持つポテンシャルを最大限に発揮させることができるのではないかと考えました。
<研究の内容>
今回、東レは分子結合部がスライドするポリロタキサンの構造をポリマー材料に組み込むことによって、硬さ、強度を保ったまま、伸びを大きく向上させた革新的な材料を開発しました。
ポリロタキサンはリング状の分子をひも状の分子が貫通した、数珠やネックレスのような構造を持ったポリマーです(図1(a))。このリング状の分子と、ポリマーの分子をつなぎ合わせることで、分子結合部がひも状の分子に沿ってスライドする環動ポリマー構造を組み込むことができます(図1(b))。
本プロジェクトでは、2つの工夫を施しました。一つはポリロタキサンの分子設計を行ったこと、もう一つは2種類以上のプラスチックをナノメートル単位で最適に混合する技術である東レのナノアロイ®を適用したことです。この結果、ベース樹脂とポリロタキサンの分子を結合させることが初めて可能となりました。
本技術をポリアミド(ナイロン)に適用することで、材料の破断伸びは環動ポリマー構造を組み込まない場合と比較して、約6倍に向上し、さらに繰り返し曲げ試験における屈曲耐久性を、約20倍に大幅に向上させることができました(図2)。硬さ、強度を保ったまま、これら特性を向上させた材料は、従来の、柔軟材料を添加する手法では得られませんでした。さらに、箱状成形品を用いた衝撃試験では、環動ポリマー構造を組み込むことで、破壊されにくくなり、約2倍強のエネルギー吸収性を示すことがわかりました(図3)。
このような特性の詳細については現在解析を進めています。開発材では、ポリアミドと比較し大きなクラック(ひび割れ)が発生することなく変形可能です。SPring-8や高精度電子顕微鏡を用いることで、数百ナノメートルの大きさの微細な孔を形成しながら大きく変形していることが初めてわかりました。(図4)。このような孔の形成は、分子結合部がスライドする環動ポリマー構造がポリマー材料に組み込まれたことと密接に関係していると考えており、本構造により硬さ、強度を保ちながら大きく変形することが可能となっていると推定しています。
<今後の展開>
本研究で開発した環動ポリマー構造の導入技術により、ポリマーの持つポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があることから、自動車、家電製品、スポーツ用品など、幅広い応用展開とポリマー材料市場の拡大が期待されます。東レは、本技術を適用したポリマー材料を、自動車用構造部材、衝撃吸収部材など、しなやかさの要求される構造用部材のベースポリマーとして展開し、新規用途の開発を進めます。
<参考図>
(a)
(b)
図1(a)ポリロタキサン分子の模式図。リング状の分子をひも状の分子が貫通した構造を持っている。
(b)ポリロタキサンを架橋した環動ポリマー構造の模式図。引っ張られることで、リング状の分子がひも状の分子に沿って滑るように動く。