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ポリマー有機薄膜太陽電池で世界最高レベルの変換効率を達成 ―高配向性ポリマーの開発により極限の外部量子効率を実現―

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2013.09.20

東レ株式会社

 東レ株式会社(本社:東京都中央区、社長:日覺昭廣、以下「東レ」)はこのたび、有機薄膜太陽電池1)において、単層素子2)としては世界最高レベルとなる10%超の変換効率(太陽光を電気に変えるエネルギー変換効率)を達成しました。当社が新たに開発した高配向性の芳香族ポリマー3)をドナー材料に、フラーレン化合物4)をアクセプター材料に用いることで、発電層を高度に配向制御すると共に、厚膜化(従来比約3倍)に成功したものです。今回開発した有機薄膜太陽電池は、外部量子効率(照射した光子が電子に変換された割合)が光吸収波長領域の全域に渡って9割を超え、短絡電流5)が無機太陽電池に匹敵する値に達するなど、極限に近い高効率化を実現しています。
 今回の成果は、太陽電池素子の発電性能とドナー材料の配向特性との関係を明らかにし、有機薄膜太陽電池の実用化に向けたさらなる高効率化のための指針を提供するものです。
 今後、2015年近傍の実用化を目指し、一層の材料・素子性能向上を図って参ります。

 有機薄膜太陽電池は、様々な種類の太陽電池がある中で、最も薄く、最も簡便に作製することができ、抜本的な低コスト化が実現可能な次世代の太陽電池として開発が進められています。また、軽量で柔軟性に富むといった特長を生かし、建造物の壁面利用や車載用など、新用途への展開が期待されています。しかしながら、従来の発電材料では変換効率が低いことが、有機薄膜太陽電池の実用化に向けて大きな課題となっています。
 有機薄膜太陽電池の構造は、ITO(酸化インジウムスズ)等からなる透明陽極、発電層、そして銀、アルミ等からなる陰極に分けられます。有機薄膜太陽電池の心臓部に当たる発電層は、光が当たると電子を放出するドナー材料と、放出された電子を受け取って電極まで運ぶアクセプター材料の2種類の発電材料で構成されます。

 東レは今回、独自のポリマー設計技術と有機合成技術を駆使し、変換効率向上の鍵となる芳香族ポリマー系ドナー材料を新たに開発しました。本ドナー材料は、発電メカニズムを詳細に解析しながら開発を進め、化学構造(ポリマー中の原子のつながり)を最適化して配向性を高度に制御することにより、光吸収特性と導電性を高い次元で両立しました。これにより、最も低コスト製造が可能とされる非加熱塗布法6)による単層素子において、10%を超える変換効率を得ることに成功しています。

 東レは今後、材料技術を早期に確立し、有機薄膜太陽電池の実用化に向けて検討を進め、コーポレートスローガンである“Innovation by Chemistry”を具現化する先端材料の開発を推進していく所存です。

 今回開発に成功した高効率有機薄膜太陽電池の詳細は下記の通りです。

1. 新規ポリマー系ドナー材料の開発
   太陽電池の変換効率は、短絡電流(Jsc:Short-Circuit Current density)と開放電圧7)(Voc:Open-Circuit Voltage)に依存しますが、有機薄膜太陽電池の変換効率の向上には、とりわけJscの向上が課題となっています。一般的に、ドナー材料にはポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)に代表される芳香族ポリマーが、アクセプター材料にはフラーレン化合物がそれぞれ広く研究されていますが(図1)、Jscの向上には特に、光吸収を担うドナー材料の高性能化が必須とされています。
 太陽光を効率よく吸収するためには、ドナー材料には長い吸収波長と高い吸光係数8)が求められます。また、光を吸収したのちに放出する電子の対となる正電荷(正孔)を、電子とは逆の方向に素速く流すために、高い電荷移動度9)を有していることが望ましいとされています。東レは、まず従来ドナー材料(N-P710),変換効率~5.5%)の発電メカニズムを詳細に解析することで、光吸収量と電荷移動度が不充分であったことを明らかにしました。そこで東レは、光吸収と電荷移動の方向がドナー材料の主鎖平面と直角の関係にあることに着目して改良検討を進め、太陽電池基板と平行(入射光や電荷移動の方向と直角)にポリマー主鎖平面が配向しやすい化学構造を、ドナー材料の主鎖・側鎖構造に巧みに導入することにより、吸収端波長:約780nm、吸光係数:約20万cm-1、電荷移動度:約1×10-2cm2/Vsと、高い光吸収特性と導電性を両立する芳香族ポリマー系ドナー材料を新たに開発することに成功しました(図2)。
 

図1.有機薄膜太陽電池の典型的構造

図1.有機薄膜太陽電池の典型的構造

図2.新規ドナー材料の光吸収特性(薄膜)

図2.新規ドナー材料の光吸収特性(薄膜)


2. 発電層製膜法の最適化
 有機薄膜太陽電池の発電層は、ドナー材料とアクセプター材料がブレンドされた「バルクヘテロ構造」と呼ばれる特異的な構成となっており、高いJscを発現させるためには、ドナー材料とアクセプター材料がナノレベル相分離11)していることが望ましいとされています(図1)。

 これに対して東レは、発電層の製膜溶媒など製膜条件を最適化することでナノレベル相分離している理想的なバルクヘテロ構造の形成を実現し、さらに上記のようなドナー材料の高度な配向性も相まって、高いJscを得るために必要な配向制御された厚膜化(約300nm、従来比約3倍)を可能としました。これにより、本材料を用いて作製した有機薄膜太陽電池において、全吸収波長領域でほぼ9割を超える極限の外部量子効率を実現し、有機薄膜太陽電池では世界最高レベルとなる10%を超える変換効率を達成しました(図3)。この有機薄膜太陽電池の内部微細構造を大型放射光施設「SPring-8」(兵庫県 播磨科学公園都市内)で測定・解析した結果、ドナー材料の主鎖平面は、アクセプター材料との混合状態であるバルクヘテロ構造においても、分子設計通り太陽電池基板と平行に配向していることが確認できています。
 この有機薄膜太陽電池は発電層が従来に比べて厚いため、上記のような高効率化に加えて、リーク破壊12)が起きにくいこと、ならびに発電層が1層のみで複数の発電層を積層させる他方式よりも構造がシンプルであることから、従来方式に比べて高耐久性と低コスト製造が期待できます。

 

図3.開発した有機薄膜太陽電池の性能 (a)外部量子効率、b)電圧-電流特性)

図3.開発した有機薄膜太陽電池の性能 (a)外部量子効率、b)電圧-電流特性)

 なお、本研究の一部は、(独)日本学術振興会「最先端研究開発支援プログラム」の一環として実施されたものです。

【技術用語について】
1) 有機薄膜太陽電池
 様々な種類の太陽電池の中で、最も薄く、最も簡便に作製できるため、軽量で柔軟性に富み、かつ、抜本的な低コスト化が可能な、次世代の太陽電池。発電層がシリコンや無機化合物からなる従来の太陽電池に対して、太陽光の吸収と電気の発生を有機化合物が担う。発電層の厚さがサブミクロン程度と非常に薄いことから、このように呼ばれる。
2) 単層素子
 発電層が一層のみで構成される太陽電池素子。一部の無機太陽電池や有機系太陽電池では変換効率を最大化するために2層以上の発電層を重ねる必要がある。
3) 芳香族ポリマー
 芳香族骨格からなるポリマー。芳香族骨格に含まれる「π(パイ)電子」が動きやすいため、半導体や金属に近い導電性を示す。導電性高分子の多くはこの芳香族ポリマーであり、代表的なものに、ポリチオフェンがある。
4) フラーレン化合物
 炭素原子からなるサッカーボール状化合物。代表的なものに、炭素60個からなるC60や炭素70個からなるC70に置換基を付与して有機溶媒に溶けるようにした化合物などがある。
5) 短絡電流(Jsc)
 光照射時において端子を短絡させたときに得られる電流。太陽電池の最大電流。
6) 非加熱塗布法
 高温(200℃以上)で焼成する必要が無いウェット塗布プロセス。通常の無機太陽電池や一部の有機系太陽電池は、製造時に高温プロセスが必要となっている。
7) 開放電圧(Voc)
 光照射時において端子を開放させたときに得られる電圧。太陽電池の最大電圧。
8) 長い吸収波長と高い吸光係数
 太陽光を効率よく吸収するためにドナー材料に求められる特性。一般的に、700nm程度の最大吸収波長と、15万cm-1以上の吸光係数が要求される。
9) 移動度
 半導体中の電子・正孔などの電荷(キャリア)の動きやすさの指標。
10) N-P7
 下記化学構造を有する当社第1世代ドナー材料。


N-P7
N-P7
 
11) ナノレベル相分離構造
 光電変換効率を最大化するために必要な、ドナー材料とアクセプター材料が数十ナノメートルのサイズで分離している構造。

12) リーク破壊
 陽極と陰極の一部が接触して通電することにより起こる破壊。
 
以上