ステークホルダーの皆様へ

お客様に価値の高いソリューションと
最高の品質を届けて
サステナブル社会の実現に貢献します

東レ株式会社 代表取締役社長日覺 昭廣

樹脂事業における
UL認証登録に関する
不適正行為について

東レ株式会社(東レ)は、樹脂製品の一部の品種において、第三者安全科学機関Underwriters Laboratories(UL)が定めている樹脂の難燃性能を示す規格に関し、ULが実施する認証試験で指定されたグレードと異なるサンプルを提出していたこと、認証登録された品種の一部について登録時の組成と異なるものを製造・販売していたことを2022年1月に皆さまにご報告しました。本問題は、お客様に多大なご迷惑をおかけするだけでなく、日頃から東レグループを応援してくださっている全てのステークホルダーからの信頼を大きく損なうものであり、深くお詫び申し上げます。2022年4月に有識者調査委員会による報告書を受領し、そこに記載された本問題の事実関係、原因分析及び再発防止のための提言を真摯に受け止めました。本質原因に基づく再発防止策(P68参照)は取締役会にて策定し、私を筆頭とする経営陣の責任の下、役員・従業員が一丸となって確実に実行し、お客様及び広く社会からの信頼回復に全力で努めていく所存です。再発防止策の実行状況は東レグループのウェブサイトで公表しております。

コンプライアンスの徹底

東レ流の経営の考え方を体系化した「東レ理念」には、「倫理と公正」が謳われています。また、私は自身の信条として「基本に忠実にあるべき姿を目指してやるべきことをやる」を実践し続け、2010年に社長就任して以降は、役員・従業員にもその重要性を伝えてきました。特に、2017年に品質データ書き換え問題が発覚してからは、「正しいことを正しくやる、強い心」をスローガンに掲げ、コンプライアンス意識の醸成に努めてきました。さらに、東レグループを対象として展開した「東レ理念」共有・発信プロジェクト(Toray Philosophy(TP)プロジェクト)では、「事業を通じてサステナブル社会の実現に貢献する」との経営理念を実践するために、企業行動指針である「倫理と公正」や「お客様第一」という考え方をしっかり浸透させる取り組みに手応えを感じていました。それだけに、樹脂製品のUL認証での不適正行為が表に出ず、是正されないまま続いていたことは残念でなりません。
私はUL認証問題が発覚した直後、「この問題の重大性は、それを把握した者が根本的な解決に向けた是正措置を取らない状態が、長期にわたって継続したことである」というメッセージを全社に発信しました。組織の中で不適正行為が常態化すると、抵抗感が稀薄になり、また、それに気付いても声を上げにくくなりますが、東レグループが事業を通じて社会発展に貢献するためには、間違ったことをしていると自覚したらすぐに是正する組織風土が何より大切だと思っています。そこでこの機会に、各現場では、長い期間引き継がれてきた慣習について、時間の経過とともに見直しが必要となっているものがないかを点検するよう指示しました。そして今後、不適正行為を自覚したり、見聞きしたりした場合には、それを是正する行動を必ず取ることを全従業員とあらためて約束しました。また、私を含め経営陣は、「コンプライアンスは経営の最重要課題である」ことを東レグループの隅々まで浸透させるために、各種会議や決算説明懇談会など、従業員と接するあらゆる機会を捉えて「本気度」を示し、コンプライアンス意識の強化と組織風土の改善に努めています。加えて、経営陣が従業員の声を聞く機会をこれまで以上に設けて、双方向のコミュニケーションを図ることで、より風通しの良い企業文化を醸成したいと思います。

2021年度の業績総括

2021年度は、新型コロナウイルスによる落ち込みからの反動、ワクチン接種の進捗に伴う行動制限の緩和、米国の大型景気対策等を背景に、世界経済は大きく回復へ向かいましたが、年度後半には半導体をはじめとする部材の需給ひっ迫や人手不足から生じた供給制約、さらに、ウクライナ情勢による原燃料価格や物流費の高騰、中国のゼロコロナ政策によるロックダウン等で景気回復のペースが鈍るなど厳しい事業環境が続きました。
こうした中、東レグループの連結売上収益は前年度比18.3%増の2兆2,285億円、事業利益は46.3%増の1,321億円、営業利益は80.0%増の1,006億円、親会社の所有者に帰属する当期利益は83.9%増の842億円と大幅な増収増益に転換しました。特に、ABS樹脂が収益確保に大きく貢献したほか、炭素繊維複合材料も黒字に回帰しました。

2022年度の重点課題

2022年度は、中期経営課題“プロジェクトAP-G 2022(AP-G 2022)”の最終年度です。AP-G 2022は、世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が開始した2020年度にスタートしました。コロナ禍においては、人やモノの移動制限からサプライチェーンも分断され、行動様式、生産活動の大きな変化は、東レグループの事業に大きな影響を及ぼしました。また、ウクライナ情勢長期化に加えて、変異株の感染拡大、円安・物価高騰等、不確実性が増大しています。これらの影響により事業環境が大きく変わっている点を考慮し、連結事業利益の見通しをAP-G 2022の当初目標から引き下げ、1,300億円(2021年度比1.6%減)としています。
特に、当初目標との乖離が大きいのは、繊維、リチウムイオン二次電池向けバッテリーセパレータフィルムと炭素繊維複合材料です。繊維では、コロナ禍により在宅・リモートワークへのシフトが進み、人々の行動変容が起きたことで、フォーマル衣料市場が縮小しています。バッテリーセパレータフィルムは、新興国メーカーとの熾烈な価格競争に巻き込まれています。炭素繊維複合材料は、コロナ禍で落ち込んだ航空機需要の回復遅れが影響しています。また、全体的に原燃料価格や物流費の高騰が利益を圧迫しています。
これらの課題には、次のような手を打っています。まず、価格転嫁については、原燃料価格や物流費の高騰に対し、単純に値上げするという考えではなく、価値に見合った価格是正に努めます。値上げが受け入れられないのは製品の価値が相対的に低いということですから、製品そのものの価値を上げるために高付加価値化、製品の価値と価格をバランスさせるためのコスト競争力強化に徹底的に取り組みます。
繊維の高付加価値化については、繊維の細さや形をナノレベルで制御し、全く新しい機能・質感を生み出すNANODESIGN®技術で差別化を図り、新たな市場を創出していきます。また、使用済みPETボトルを原料としたリサイクル繊維&+®(アンドプラス)等、時代のニーズを反映したサステナブル素材を積極的に投入していきます。バッテリーセパレータフィルムは、ハイエンドに特化する方向に舵を切ります。具体的には、製膜技術に加えコーティング技術等を駆使した高安全性・高容量製品で事業拡大を目指します。炭素繊維複合材料、中でもレギュラートウは、現在、一時的に市場の縮小している航空機用途に代えて、需要が急拡大している天然ガス向け圧力容器等の産業用途に主として供給していますが、長期的には航空機需要の回復と、産業用途の更なる需要拡大が見込まれるため、各用途の需要動向を注視し、品質・コスト競争力の更なる向上を図り、生産能力を増強していきます。
一方で、市場の変化を捉えた製品投入も加速します。まずは、車載用極薄コンデンサー向けポリプロピレンフィルムトレファン®の増産・拡販を見込んでいます。電子情報材料では、有機EL用材料の拡大に期待しています。また、炭素繊維複合材料では、米国子会社Zoltekで風力発電翼向けに増設したラインが2022年度下期から稼働し、収益に貢献する見通しです。

サステナビリティへの
取り組みを加速

新型コロナの感染再拡大や国際情勢の動向が不透明な中においても、社会の持続可能性(サステナビリティ)をめぐる課題に対する議論はより高まりました。当社は2018年に策定した「東レグループサステナビリティ・ビジョン」で目指す4つの世界※の実現に向けて、地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献するグリーンイノベーション(GR)事業と、医療の充実と健康長寿、公衆衛生の普及促進に貢献するライフイノベーション(LI)事業を中心に増加する需要に応え、サステナブル社会の実現に貢献していく取り組みを進めています。また、当社自身の事業活動から排出する温暖化ガス(GHG)の削減にも積極的に取り組んでおり、2050年にGHG排出を実質ゼロとすることを宣言しています。
2021年4月には、こうした取り組みの司令塔として、私を委員長とするサステナビリティ委員会を設置し、全社方針を討議・審議し、「東レグループサステナビリティ・ビジョン」実現に向けた全体のロードマップや実行計画を策定する体制を整えました。当委員会の下部組織である気候変動対策部会において、カーボンニュートラルに向けた取り組みの課題抽出と施策を立案し、推進しています。また、2022年4月には資源循環推進部会を立ち上げ、繊維・フィルム・樹脂各製品のリサイクル促進、植物由来のバイオプラスチックの開発・事業化、及び生産段階でのGHGの回収・再資源化といったサーキュラーエコノミーに向けた取り組みを進めています。

  • ①地球規模での温室効果ガスの排出と吸収のバランスが達成された世界
    ②資源が持続可能な形で管理される世界
    ③誰もが安全な水・空気を利用し、自然環境が回復した世界
    ④すべての人が健康で衛生的な生活を送る世界

次期中経のキーワードは
サステナビリティと
デジタル活用

現在、2023年度にスタートさせる次期中期経営課題の策定を進めています。今後の事業運営のポイントとなる、成長領域での事業拡大、デジタル活用による経営の高度化についてご説明します。
成長領域での事業拡大については、「東レグループサステナビリティ・ビジョン」で目指す4つの世界の実現に向けた取り組みをさらに加速していきます。素材メーカーとして東レグループがサステナブル社会の実現に対して貢献できる機会はますます拡大しており、これまで以上に重要な役割を果たすことができると確信しています。
特に気候変動対策の分野では、「水素社会」の実現に対する東レグループへの期待の高まりを非常に強く感じています。東レグループは、再生可能エネルギー由来の電力と水から作るグリーン水素が、世界のエネルギー媒体の主流となる時代が到来すると見ています。そこで、グリーン水素のサプライチェーン構築に向け素材開発を行っています。東レは、水電解装置を高性能化する「炭化水素系(HC)電解質膜」といった核心部材で世界をリードしており、2022年6月に、この部材の事業展開を担う社長直轄のHS事業部門を設立するとともに、水電解装置の世界トップメーカーであり戦略的パートナーシップ構築で合意しているシーメンス・エナジーAGを始め国内外の企業・団体と連携し、グリーン水素の導入拡大に向けたグローバル展開を本格化していきます。
デジタル活用による経営の高度化については、「技術センターDX推進委員会」においては、材料設計や品質向上・生産効率化等をテーマにDXを進めています。特に生産現場では、業務ごとのデジタル活用度合いを段階に応じて分類し、デジタル活用による高度化を段階的に進めています。また、マテリアル・インフォマティクスやAIといった最新のデジタル技術を駆使して研究開発の効率を抜本的に高める取り組みも進めています。
「事業DX推進委員会」では、事業系データ分析コースを開講し、在庫適正化や価格分析等の現場課題について、データに基づいて事実を整理して解決を図ることができる人材を育成しています。
重要なことは、現場を理解した上でデジタル技術を活用できる人材を育成することです。デジタル技術にだけ精通していても成果は上がりません。東レグループのDX推進は、営業でも生産でも現場密着型の実践的デジタル活用により課題を解決していくことを基本にしています。

東レブランドの礎は
「高い品質力」

「東レ理念」は、創業以来受け継いできた「東レ流の経営の考え方」を体系化したもので、2020年5月に公表しました。東レは「わたしたちは新しい価値の創造を通じて、社会に貢献します」という企業理念を掲げており、これが「東レ理念」の最上位に位置します。設立以来、今日に至るまで、東レグループは「企業は社会の公器である」という一貫した考え方に基づいて経営を行い、従業員を含めた全てのステークホルダーに貢献するという視点を大切にしています。
東レグループがこれからも事業を通じて社会の持続的な発展に貢献するためには、ここで働くすべての人が「東レ理念」に深く共感し、自らが仕事を通じて社会に貢献しているという実感をもてるようにすることが大切です。そこで、2020年8月から2022年3月まで、「東レ理念」共有・発信プロジェクト「Toray Philosophy(TP)プロジェクト」を東レグループで働く全ての人々を対象に展開し、東レグループで働くことの意味や、東レグループの将来像を共有・実現する仲間としての繋がりを、職場の中で築いていく活動を実施しました。具体的には、「東レ理念」を理解して実践するために、「私にとっての『東レ理念』」というテーマで、「仕事を通じて、誰に、どのような価値を届けていきたいか」を、各役員から社員までリレー形式で伝えて、社員が各職場で同じテーマについて話し合う、といった参加型プログラムを実施しました。「東レ理念」を各人が理解し、各人がそれを実践するための新たな気づきを得る、非常に有意義な活動になりました。
2022年度からはTPプロジェクトの成果を受け、「ブランド委員会」を立ち上げて、「東レ理念」の思想を反映した「コーポレートブランド」を起点に、「事業ブランド/プロダクトブランド」及び「技術ブランド」が相互に価値を高め合う施策等の検討を開始しています。加えて、従業員が誇りを持って仕事をする上でも、東レグループの製品が、どのように使われ、いかに役立っているかを、もっと世の中に浸透させるブランド戦略が必要と考えています。
東レのブランドの礎は、世界最高水準の品質を提供することです。UL認証問題を通じて認識した課題に正面から向き合い、あらためてコンプライアンスを含めた品質力を高め、新しい価値と高い品質の製品を世に送り出し続けることで、お客様はもとより、広く社会から信頼され、尊敬される会社を目指して全力で取り組んでいく所存です。
ステークホルダーの皆様におかれましては、今後とも一層のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。