A MATERIALS WORLD特集記事

#11

健康見守りのウェアラブルデバイスとして活躍する高機能繊維

高機能繊維が、アスリートからシニアまで、あらゆる人々の生活の質の向上や健康維持をサポートする。その技術は日々進化を続けています。

心拍数や走行距離を測るスマートウォッチはもうご存知でしょう。しかし、高感度センサーで健康状態を捉え、データを送る密着型Tシャツについてはどうでしょう?それは夢物語ではなく、すでに製品化されており、今後、スポーツ選手、入院患者、高齢者などあらゆる人々の健康維持に役立っていくことでしょう。

国連の報告によれば、2050年までに世界の60歳以上の高齢者人口は20億人に倍増、2100年には現在の3倍に達すると見込まれています。そこで期待されているのが、スマートウェアやARメガネ、装着型ロボット装具など、生活の質の向上や身体機能を助けるウェアラブルデバイス。この機能Tシャツも、そうした流れに応えるウェアラブル革命のひとつといえます。健康を見守り、健康維持を促すこうしたデバイスは、今後生まれてくる世代にとって日常的なアイテムとなっていくかもしれません。

「ウェアラブルデバイスはすでに使われ始めていますが、今後は仕事やプライベートなどあらゆるシーンに広がっていくでしょう」と米国バッファロー大学生体工学部の学長を務めるアルバート・タイタス教授は話します。「中でも特に高齢者の健康維持を助けるツールとしての効果が期待されています」。

健康を見守る繊維

東レが開発した機能素材hitoe®は、スポーツウェアや普段着として使える繊維でありながら、生体信号の収集をはじめ、心拍数や緊張度の計測といった機能性を備えています。

この繊維は全体がセンサーになっており、心臓などから体表面に伝わった微弱な電位差を感知することで心臓の鼓動や筋肉の緊張を捕捉します。これにより運動選手や病気の患者を不測の事故から守り、運動機能の改善に役立てることができると期待されています。

hitoe®は一見、一般的なスポーツウェアの生地のようですが、実際には髪の毛の1/100の細さのナノファイバーで編まれています。超微細ポリエステル糸でできたこの生地には導電性高分子が固着されており、内蔵チップを介して生体信号を医師や看護師の電子デバイスに送る仕組みになっています。

通常のポリエステルの生地は、導電性高分子を含浸させても繊維と繊維の隙間が大きく、使用や洗濯を繰り返すことによって導電性高分子が簡単に剥がれ落ちてしまいます。一方、hitoe®の場合、導電性高分子がナノファイバーの小さな隙間にしっかり固着されるため、長期間の使用や繰り返しの洗濯にも耐えることができます。また着用者が汗をかいても生体信号は感知されます。

ナノファイバーを編みあげることのもうひとつのメリットは着心地。hitoe®は、ウェアラブルデバイスであること忘れさせるほどの柔らかな手触りをしています。

フランネルの手触りを

IT大手のグーグルもまた「プロジェクト・ジャカード」の名のもとスマート織物を開発していますが、その戦略はhitoe®とは大きく異なっています。グーグルのウェアラブルデバイスは袖口をなでたりタップする動作でスマートフォンやタブレットを操作するという仕組みです。この生地は伝導性繊維と天然繊維でできており、染色、仕上げ、編み上げの工程を経て普通の織物の風合いを醸し出しています。

「ウール、綿、ポリエステル、シルクの素材感と色彩」がこのプロジェクトの目標のひとつ。そして見た目は普通の織物でありながらも先端技術が組み込まれています。素材の編み糸はインターポーザと呼ばれる電気インターフェースにつながれ、これがデバイスに接続して着用者の意図をスマートフォンに送信します。

開発者らは研究報告の中で「この織物の構造は、タブレットやスマートフォンのマルチタッチ式静電容量タッチパネルに近い」と述べています。これはつまり柔らかい生地で、音楽を聴いたり、道順を調べたり、電話をかけたりできるタッチパネルを作るということにほかなりません。そしてこの技術は衣類に限らず、ぬいぐるみやソファ、車のシートなどへの応用も考えられています。

サイボーグ・ソリューション

この他にもウェアラブルデバイスは色々と研究が進められており、障害者の歩行支援、高齢者の生活支援、工場従業員の生産性向上などに役立てられています。日本のサイバーダイン社はHAL®(Hybrid Assistive Limb®)と名付けた装着型サイボーグを開発。このデバイスは脳からの信号を読み取って、こちらの思うままに脚を動かします。障害者の夢を叶えるような発明はこの他にも続々と生み出されています。たとえば視覚障害のある人にものを見せるイギリスのオックスサイト社のスマートグラス、聴覚障害のある人に音楽を聴かせるバイブロタクタイル(振動触覚)などはその一例です。

サイバーダイン社のHAL®は筋肉を動かしたときに皮膚に現れる生体電位信号を検出し、腰の立ち上がりや、歩行時の脚の動きを助けます。高齢化が進む日本では70歳以上の人口が全体の20%を占めており、HAL®は介護現場で力を発揮すると見られています。介護職員や看護師による高齢者や患者の抱き起こしをはじめ、高齢者や患者自身による入浴など、適用範囲は多岐に渡ります。

「今後ウェアラブルデバイスの機能性と使い勝手が向上していけば、障害のある人々にもっと快適な暮らしが届けられるはず」とバッファロー大学のタイタス教授は話しています。

本コンテンツは、WSJ Custom Studiosによって制作されたオリジナルコンテンツの和訳です。(2019年制作)

Written by The Wall Street Journal Custom Studios, 2019