A MATERIALS WORLD特集記事

#09

自然が綴った傑作、ヒトの遺伝子を最新の合成技術で読み取る

生命の設計図、遺伝子。その解析に役立つ最新技術によって、さまざまな病気の早期発見が可能となり、医療の未来に明るい光が射しています。

生命科学はいま大きく変わろうとしています。損傷した臓器と健康な臓器の置き換えを可能にする幹細胞研究。がん患者に新たな希望をもたらす遺伝子治療。ひとりひとりの体に合わせたオーダーメード医療は、わたしたちを病気の脅威から解放するかもしれません。

この流れのなかで、生命科学研究に貢献している高機能ツールがあります。

それはDNAチップ。正式にはDNAマイクロアレイと呼ばれるこの基板は、遺伝子解析によって変異や誘発因子を調べるのに役立つほか、病気の早期発見につながるバイオマーカーとしても力を発揮します。

「マイクロアレイ技術(中略)は、分子生物学におけるマイクロ革命の引き金となった。この技術を用いれば、細胞や組織での大量な遺伝子の発現をスナップショットのように網羅的に解析できる」と、オスロ大学病院の研究者らはNucleic Acids Research誌への寄稿で述べています。

完全な結合

DNAチップは、合成された一本鎖DNA断片(DNAプローブ)をガラスや樹脂の基板上に配置し、ハイブリダイゼーション反応によって遺伝子発現を翻訳するターゲットRNAと結合させます。検体中のRNAは完全に結合した場合にのみプローブDNAに補足されます。完全な結合とはつまり、一本鎖DNAの螺旋状のはしごに対し一本鎖RNAの突起が完全に適合した状態を指します。

結合した遺伝子はプローブDNAに組み込まれた機能を実行するため、これを利用して病変のある組織で活性化している遺伝子の同定や健全な遺伝子との比較、がんの細胞増殖を引き起こす異常な遺伝子配列の重複の特定など、医療や分子生物学研究でのさまざまな応用が可能となります。

遺伝子検査の新手法

東レが開発した高精度マイクロアレイDNAチップ「3D-Gene®」は、遺伝子検査の精度を飛躍的に高め、がん治療からアルツハイマー病治療まで、創薬の世界に新たな可能性を生み出しています。

史上最高の遺伝子検出感度を持つ「3D-Gene®」は、以下の4つの特長を備え、低発現遺伝子の検出に威力を発揮しています。

黒色樹脂基板 - DNAチップを使った発現量読みとりではレーザー照射によってプローブ部分の蛍光を検出します。ガラス基板をはじめとする一般的な基板にはごく微量ながら蛍光物質がふくまれているため、これが検出時にノイズとなり、データの品質を低下させてしまいます。東レは、基板材質を合成樹脂に変え、さらに自家蛍光吸収色素を加えた黒色樹脂基板を新たに開発しました。この技術によりノイズの少ない安定した読みとりを実現し、低発現遺伝子の検出が可能になりました。

微細柱状構造 - DNAチップの基板はこれまで、スポット形状安定性のためなるべく平坦なものが求められてきました。しかし、東レの「3D-Gene®」は検出部に柱状の凸凹構造を備え、柱の上端面にプローブDNAを固定化しています。これにより、スポット形状が安定化し、均一な検出画像を得ることができるようになります。この微細柱状構造は基板の素材を樹脂に変えることで可能となりました。

プローブ固定特殊表面修飾 - 基板表面にいかにプローブDNAを均一に固定化できるかどうかが、DNAチップの性能を大きく左右します。従来はそのために固定剤がガラス基板に塗布されていましたが、ムラが生じ、固定化できるプローブDNAの数も不均一となっていました。東レは樹脂基板表面の改質技術によって均一にプローブDNAを固定化することを可能にしました。これにより、より多くのプローブの最適なデータ取得が可能になっています。

ビーズ撹拌 - 一般的なDNAチップではハイブリダイゼーション液中の核酸の拡散が遅く、プローブとターゲットの十分な反応が期待できません。一方、「3D-Gene®」では反応槽内にハイブリダイゼーション溶液とマイクロビーズを封入してチップを振盪します。これにより、十分に溶液の攪拌を行うことができ、静置した場合に比べて反応性が格段に向上します。ビーズを用いてダイナミックに溶液を攪拌しますが、平板DNAチップで同様にビーズ攪拌を行うと、プローブ面を傷つけてしまいます。3D-Gene®では基板の柱状構造の上端にプローブが固定されているため、ビーズによってプローブが傷つくことはありません。

医療の未来に向けて

東レのDNAチップ「3D-Gene®」は医療分野で実践的に活用されており、13種類のがんバイオマーカー、アルツハイマーなど認知症の血液マーカーの特定など、その成果が医療専門誌や国際会議で報告されています。「このチップのおかげで、少量の血液による低侵襲検査によって、がんや認知症を早期発見することができるようになりました」と東レは話しています。

東レいわく「遺伝子は生命の設計図」。その設計図を読み取る高精度なツールは、わたしたちひとりひとりの体の仕組みにに合わせたテーラーメイド医療において、大きな役割を果していくことでしょう。

本コンテンツは、WSJ Custom Studiosによって制作されたオリジナルコンテンツの和訳です。(2019年制作)

Written by The Wall Street Journal Custom Studios, 2019