A MATERIALS WORLD特集記事

#07

共通の課題を胸に技術の力で水不足に挑む -水供給の変革

世界で水不足が深刻化する中、いま国や企業、地域住民が連携して水資源保全や節水、海水淡水化に取り組んでいます。

サハラ砂漠のはずれにあるモロッコのブートメスグイーダ山。その山頂に張られた巨大なネットが捕まえるのは動物ではなく、なんと水。“クラウドフィッシャー”と名づけられたこの装置は、世界でも最も乾燥したこの土地で浄水を作り出し、地域の人々の暮らしを支えています。

モロッコのシディ・イフニー地方は乾燥地帯で、その年間降水量は120ミリ以下。しかし1日のうち決まった時刻には大西洋からやってくる濃霧に覆われます。“クラウドフィッシャー”は独自のネットでこの霧を捕まえ、水滴にして受け皿に落とします。その総量は1日あたり6,300リットル。この水が水不足に悩む高地で乾燥した5つの村の400人の住民に届けられているのです。

ドイツのアクアロニス社が開発したこの装置を管理運営しているのは、地域の人々が作る非営利組織ダラ・シ・ハンマッド。まさに企業とコミュニティが力をあわせて水不足に立ち向かっているその姿は、世界で深刻化するこの問題に対するひとつのモデルともいえます。

世界経済フォーラムは、人類を脅かすグローバルな課題を毎年ランク付けしていますが、水不足は5年連続でワースト5に入りました。これに対し、IoTなどの技術を持つ企業が現地と協力しして問題解決の道を探っています。たとえば、精密かんがい、太陽光発電で稼働する逆浸透膜海水淡水化工場、次世代型の雨水リサイクルシステム、空中の水分から水を作る風車などがその一例です。

世界経済フォーラムもまた「国、企業、民間団体が連携して流域保全、都市計画、効率化に取り組んでいる」と報告しています。

海水淡水化水処理膜の開発で知られる東レもまた、国連の掲げる17の持続可能な開発目標(SDGs)にある浄水の供給(“安全な水とトイレを世界中に”)を実現するためには、連携が必要であると考えています。そのため日立のようなグローバル企業と協業を深めながら、これまでの常識を破るイノベーションでこの課題に取り組もうとしています。

すべての人に欠かせない資源 - 水

日々伝えられる世界の水不足の惨状。そこには緊急対策が必要です。最新調査によれば、世界の総人口の2/3にあたる40億人が年に1ヶ月間は深刻な水不足に悩まされており、それは年々悪化の一途をたどっています。年間を通じて水不足に苦しむ人々は5億人にも達しています。国連の国際資源パネルは、2030年までに増加する水需要に対し供給が40%不足すると警鐘を鳴らしています。

飢餓や貧困の撲滅、環境保全や気候変動対策などを掲げる国連の持続可能な開発目標に水不足が入っていることからも、この問題の重要性を推し量ることができます。世界銀行のグアンゼ・チェン氏(水グローバル・プラクティス、シニア・ディレクター)は「水不足への対策が進まなければ、他の目標も達成がおぼつかない」と語っています。

世界銀行の予測では、世界の食糧需要は今後15年で少なくとも20%は増加します。さまざまな産業のうち水資源の70%を消費するのが農業であるため、水不足は農作物不作による飢饉頻発のリスクを示しています。地域間で水争奪戦が起こるリスクもあり、とくに中東、サハラ以南アフリカ、東南アジアでその懸念が高まっています。

政策、法規制、技術で支援

いかに効率的であっても技術の力だけで水不足を解決しようとするのは難しく、年間1,140億ドルを継続的に投資していく必要があると世界銀行は指摘します。現状を変えるには、問題解決に向かって経済が自ら動いていくような政策と法規制が欠かせません。そのうえで、節水や水の供給、資源保全の最新技術が役に立つのです。

そうした技術のひとつにスマートセンサーがあります。これを土壌の湿度検知に使い、適時に適量の水だけを撒くようにすれば資源保全にも食糧生産にも効果があります。都市部での水道管の漏水をより迅速かつ正確に検出するのにも有効です。また一般家庭でも水の消費量をすぐに把握できるスマートメーターが役立ちます。

東レの開発する海水淡水化技術は、中東や中国で期待が高まっています。多くの人々の支援や協力を受けながら、この技術は太平洋諸島でいま実証実験が行われています。このシステムは太陽光によるグリーン電力で稼働しています。

モロッコ、エイトバームレインの村では、水汲みはこれまで少女たちの仕事でした。往復4時間かかるため、学校には間に合いません。2016年に国連のモメンタム・オブ・チェンジ賞を受賞した“クラウドフィッシャー”の導入で彼女たちはいまその仕事から解放されています。霧を捕まえる巨大なネットは、彼女たちに水を供給するだけでなく、教育の機会も届けているのです。

さまざまな問題解決の鍵を握る水の重要性を子どもたちに

水不足の問題を解決するには、なによりもまず次の世代に水資源保全の大切さを理解してもらうことが大切です。東レは世界各地の小中学校で水処理の仕組みと環境保護について話をしています。2017年には日本、米国、タイの小中学校44校で水資源保全とその技術について語りました。参加した生徒たちは節水について話し合い、浄水を作るプロセスについて学びました。また、東京の科学技術館ではきれいな水の大切さについてのワークショップを毎日行っています。未来の子どもたちに澄んだ水を残すには、その大切さを彼らの心に刻んでいかなければなりません。

本コンテンツは、WSJ Custom Studiosによって制作されたオリジナルコンテンツの和訳です。(2019年制作)

Written by The Wall Street Journal Custom Studios, 2019