自然体で、地道に。
短距離のエースが目指す“極限追求”

2017年、大学進学とともに練習拠点をフロリダに移した、サニブラウン選手。トップレベルの選手たちとともに練習を続ける中で、競技に対する姿勢や価値観はどのように変わってきただろうか。2023年4月に、東レとグローバルパートナーシップ契約を締結した際には「サステナビリティ、ダイバーシティ等の社会課題や次世代への還元をテーマに、スポーツ界・陸上界の更なる発展に繋がる活動を追究していきたい」と語った。フロリダでの生活や、競技への思い、東レとの共創を含め、サニブラウン選手が今見ている「景色」について聞いた。

夢に見ていた世界レベルの環境で

――世界レベルの選手に囲まれて練習する中で、刺激を受けたり影響を受けたりしていることはありますか。

世界選手権でメダルを取った選手たちと一緒に練習していますが、競技に対する姿勢など、参考にしたい部分がたくさんあります。練習外でも一緒に過ごしていて、毎日、刺激をもらいながら過ごせていますね。フロリダに来て6年目を迎えますが、日本にいるときより自分をプッシュするようになりましたし、練習の負荷をうまくかけられるようになりました。高校生の時から海外に出たいという思いが強かったので、本当に来て良かったです。

――高校生の時、海外に出たいと思ったきっかけは?

高校2年生の時に初めて世界陸上に出場したんです。そこでトップレベルの選手と初めて戦い、世界で練習する必要があると感じたことが大きかったですね。性格的にも好奇心が強いタイプなので「トップレベルの選手がいる国ではどういう練習をしているんだろう」「大学ではどんな勉強ができるんだろう」って、期待がどんどん膨らんで……。失敗してもいいから、とにかくスタートを切ろうと思いました。

――学生時代から続く競技生活の中で、苦しかった時期はありましたか。

2019年シーズンは、例年より 2ヶ月半くらい長く大会に出たので、結構、体にきていたんです。その後、2020年に入ってからケガをしてしまい、調整が間に合わないまま東京五輪に出場することになりました。そういうこともあって、東京五輪の前後は、大分きつかったですね。

――その苦しかった時期を、どのように抜けたのでしょうか。

2022年3月に出場した大会で、10秒1くらいのタイムが出た時に、体が治ってきたと感じました。その大会は土曜日に開催されたんですが、その週の火曜日に、急に「試合に出るぞ」ってコーチから言われて。準備する暇もなくマイアミへ行き、試合に出て、何も考えずにただ走りました。その結果が悪くなかったので、精神的にも前向きになれましたね。

心のコンディションが結果を左右する

――日々の練習メニューについて教えてください。

その日の練習メニューは、ウォームアップが終わるまでわからないんです。ウォームアップをして、コンディションを見て、コーチが指示をしてくれます。最近は、連戦で体がちょっと疲れているので、リカバリーしつつ、練習の強度を少しずつ上げていっていますね。

――練習メニューの中で苦手なものはありますか?

インターバル走系は苦手です。走って、ちょっと休憩して、また走って……という感じなので、肺もきついし、頭も痛くなってきて酸欠になるし、足に乳酸がたまって重くなってきます。

もちろん練習は楽しいばかりではないので、本音を言えば、毎日「行きたくないな」と思っています(笑)。でも日々の積み重ねが試合結果につながることは、今までの競技生活で強く感じているので、自分を奮い立たせて頑張っています。練習場に行くまでは気が重いですけど、体を動かし始めればやる気が出てくるので。

――2022年のオレゴン世界選手権では7位に入賞されましたが、ご自身としては満足できない結果だったとか。

そうですね。オレゴン世界選手権は、準決勝と決勝のあいだが1時間程度しかなかったんです。控え室に戻り、軽くマッサージを受けて、ウォーミングアップをしたらすぐ試合の時間が来てしまったので、心の準備をする余裕がありませんでした。ただ、インターバルが短い大会を一度経験できたので、次に同じことがあれば、心身のコンディションを合わせやすいと思います。

――心の持っていき方も、試合の結果を左右するんですね。

そうだと思います。考えすぎず、自然体でいるのが一番です。本当に集中している時は、音楽も歓声も聞こえなくなるんですよ。人がたくさんいる中で、コーチの声だけが耳に入ってくることも。そういう状態で試合に臨めると、いい結果が出ます。

今はあまり試合で緊張することも少なくなりましたね。子どもの頃はサッカーをやっていたので、陸上競技に転向したばかりの頃はプレッシャーを感じることもありました。サッカーは集団競技ですが、陸上は自分一人に全てがかかっているので。でも最近は、試合が一番楽しいと思えるようになりましたし、大舞台になると自然とスイッチが入るのを感じています。

0コンマ1秒を縮める「極限追求」の競技

――2023年5月に、東レとグローバルパートナーシップ契約を締結されました。今回の契約に対して、どのように捉えていますか?

今までのスポンサー契約は、競技生活をサポートしていただくようなものでしたが、今回のパートナーシップ契約は、東レさんと“一緒に”何かをやり遂げるものであり、自分の中では大きなチャレンジと捉えています。競技以外の面でも、色々な試みをしていきたいですね。

――パートナーシップ締結の際「東レが掲げる『極限追求』『超継続』は、陸上短距離走競技そのものである」とおっしゃっていましたが、どんなところに東レのDNAとの親和性を感じますか。

短距離走は、毎日の積み重ねが成果につながる競技で、急に結果が出ることはほとんどないんです。トップレベルになると、0コンマ1秒を縮めていくような、より厳しい世界になっていきます。平均的にベストの走りができるように、フォームをチェックしながら何回も練習を重ねていく。スピードを追求し、極めていく点で、まさに「極限追求」の競技と言えると思いますね。

――ご自身が、今、最も“追求”していることは何でしょうか。

100メートルって短いように感じますが、僕たちは、その中でも区間ごとに区切ってレースを組み立てていくんです。今の課題は、スタートからいかにアグレッシブにトップスピードに乗れるか。以前から「スターティングブロックからの出だしのスピード感が足りない」とコーチに言われていたので、そこでしっかり加速できれば、後半もしっかり走り抜けるはずです。

――もう1つのキーワード「超継続」に関してですが、サニブラウン選手は、日々練習を“継続”されてきていると思います。なぜ続けてこられたと思いますか?

目標があるからですね。僕の場合は、高校生の頃から「世界記録を出したい」という思いが強くありました。自分がどこまで記録を伸ばせるのか、どこまでいけるのかが楽しみですし、モチベーションになっています。

東レとともに「競技普及」と「環境問題」に取り組んでいきたい

――最近は、小学生を対象にした陸上教室やトークショーを開催するなど、競技の普及活動に精力的に取り組んでいらっしゃいます。そのような活動に興味を持ったきっかけはありますか。

コロナ禍に開催された東京五輪で、無観客試合を経験したことが、一番のきっかけです。今まで、歓声を上げて応援してもらえることが当たり前だと思ってきましたが、それがなくなった時、本当にきつかった。試合中もすごく寂しかったですし、やっぱり、観戦・サポートしてくれる方々がいてこそ、より頑張ろうという気持ちになるんだと実感しましたね。そういった経験を経て、自分の力を何かに使えないかと考え、子どもたちと触れ合う機会を設けてみたんです。

――子どもを対象にしたのはなぜでしょうか。

コロナ禍で外に出られなかったこともあって、スポーツをする子どもが減ってきているように感じたためです。そこで、体を動かしたりスポーツを楽しんだり、陸上競技を知ってもらったりする機会をつくっていければと思い、子どもを対象にしました。子どもたちに「陸上楽しい!」と感じてもらえれば、将来的に、競技人口も厚くなっていくと思うんです。イベントでは、参加した子どもたちから、専門的な技術について聞かれることもあるんですよ。「自分が子どもの頃は、ここまで考えていなかったな」と驚くような質問が飛んでくる。そうやって、今の子どもたちの考えを知ることができることが嬉しいですし、今後もそういう機会を増やしていきたいですね。

東レさんが開催されている、子ども向けの青空サイエンス教室 などにも関わらせていただきたいと考えています。次世代教育に関しても、パートナーとして東レさんと一緒に取り組んでいけたらと思っています。

――グローバルパートナーシップ締結の際には、社会貢献活動にもチャレンジしたいとおっしゃっていました。特に興味のある分野はありますか。

環境問題にも興味があります。東レさんは、東京マラソンの給水所で使用されたペットボトルを、ボランティアウェアにリサイクルする取り組み をされていますよね。そのような形で、スポーツイベントを通して、環境に対する取り組みを進めていけたらと考えています。

世界的に見て、日本の競技場はきれいなんです。フロリダでは、競技場にゴミ箱が置いてあるにもかかわらず、ゴミがたくさん落ちている。「なんかもったいないな……」と思いながら、ゴミを見つけたら拾って捨てるようにしています。他国で開催された大会でも、「日本の観客がゴミを回収していた」といったことが、ニュースになりますよね。「公共の場はきれいに」という意識が根づいているからかもしれませんが、そういう日本のいいところを発信していけたらと思います。

――ありがとうございます。その他、何か東レに求めることがありましたら教えてください。

現在ウェアを提供いただいているプーマさん、東レさんと一緒に、より快適で機能的なウェアの開発に挑戦したいです。1年間、ほぼ毎日着用するものなので、ぜひ東レさんの素材開発力を活かしていただき、できるだけストレスのないウェアを追求していきたいですね。また、リサイクルのウェアやTシャツの開発にも興味があります。そういう取り組みをしていることを、僕が発信していくことで、他のアスリートも参加しやすくなるんじゃないかと思っています。