事業等のリスク

大規模自然災害の増加、軍事侵攻や経済安全保障といった地政学的リスクの高まりなど、事業運営にあたっての不確実性は増しております。当社グループは、急激に顕在化するリスクや危機発生時に迅速に対応するための体制を構築し、専任組織によって平時のリスクマネジメントと有事(危機発生時)の即応を統括管理しておりますが、リスクが顕在化した場合には、当社グループの経営成績や財政状態に影響を及ぼす可能性があります。

1. 当社グループにおけるリスクマネジメント体制、活動

図1 リスクマネジメント委員会体制
図1 リスクマネジメント委員会体制

当社グループでは、周辺環境の変化により急激に顕在化するリスクへの対応や、危機発生時に迅速に対応するため、経営企画室内に専任組織を設置し、取締役会及びトップマネジメントと緊密に意思疎通を行い、経営戦略の一環としてリスクマネジメントを推進しております。リスクマネジメント推進のための審議・協議・情報共有機関としては、経営企画室長を委員長とする「リスクマネジメント委員会」を設置しております(図1)。リスクマネジメント委員会における審議・協議内容については、取締役会に定期的に報告しているほか、重要かつ緊急の案件については、発生した都度もれなく報告しております。また、リスクマネジメント委員会の下部組織として海外危機管理委員会、現地危機管理委員会を設置し、平時の社員の海外渡航管理や海外リスク情報収集を行っています。

当社グループでは、平時のリスク管理と有事(危機発生時)の即応を統括してリスクマネジメントと定義しております。平時のリスク管理は、後述する「東レグループ優先対応リスク(以下、優先対応リスク)」および「特定リスク」を管理するPDCAサイクルを構築し、活動しております(図2)。

「優先対応リスク」は、定期的に(3年に1度)網羅的に洗い出したリスクを評価し、潜在リスク度(発生確率×影響度)の高いものから設定され、各リスクの推進責任部署が重点的にリスク低減を図ります。

「特定リスク」は、経営企画室内の専任部署が国内外のリスク動向を定常的に注視し、調査・分析を行い、経営に重大な影響を及ぼす可能性のあるリスクを検出、評価し、トップマネジメントと協議のうえ設定します。「特定リスク」は短期で惹起したリスクへの対応が可能で、3年を1期としている「優先対応リスク」と補完関係にあります。
また、有事(危機発生時)においては、社内規程に則り、危機のレベルに応じて即応体制を立ち上げ、対応しています。

図2 リスクマネジメント活動

2.リスクの洗い出し・評価

2022年に第6期となる「優先対応リスク」の洗い出し・評価を実施しました。第6期は、当社グループ全体を対象に、2023~2025年度の中期経営課題達成を阻害するリスクの洗い出し・評価を主目的とし、以下のプロセスで実施しました。

  • ① 当社グループを取り巻くリスク(「経営環境」「災害」「業務」「E(環境)」「S(社会)」「G(ガバナンス)」の区分で網羅的に整理した118項目のリスク(図3))を対象に、当社の機能部署や、国内外関係会社におけるリスクの切迫状況や具体的な懸念の状況を把握するためのアンケート調査を実施。
  • ② アンケート調査で得られた情報を集約・分析のうえ、リスク関係部署および経営層を対象にリスク認識・課題や対処についてディスカッションを実施。
  • ③ アンケートの分析、ディスカッションで得られた情報を総合し、「優先対応リスク案」を取りまとめリスクマネジメント委員会で審議・決定。各事業本部においてもそれぞれ対処すべきリスクを設定。
図3 中期経営課題達成に向けたリスクの洗い出し

3. 優先対応リスク

第6期(2023-2025年度)優先対応リスクとして、下記2テーマを推進しています。

戦争危険を踏まえた危機対応リスク
<リスク概要> 海外の当社グループ所在地域において当地の治安悪化が常態化した場合、あるいは戦争・紛争が勃発した場合、以下のリスクが高まる可能性があります。
  • 該当地域における従業員の日常生活や身の安全の確保困難
  • 長期事業停止や事業撤退
  • 重要資産(建物・装置・技術情報等)の接収・利用不能 等
<対応> グローバルに事業展開している当社グループでは、かねてより海外危機管理委員会を設置し、同委員会・海外関係会社(国・地域代表および各社社長)の連携のもと、海外で発生する危機に対する予防的取り組み・危機発生時の対応体制の構築を推進してまいりました。しかしながら、2022年2月のウクライナ紛争の勃発を契機に、「戦争危険」を踏まえた体制・ルール等の見直しが必要との判断に至り、本テーマを「優先対応リスク」と位置づけ対策を強化することとしました。
今後は、経営企画室を本リスク対策の推進責任部署と位置づけ、各国・地域の現地危機管理委員会と連携し、当社グループ所在地で想定される危機対応のシナリオを整備するとともに、危険リスクが高い国・地域に関しては、有事発生時の対応計画を作成・周知・訓練します。本取り組みを通じて、従業員の安全性確保ならびに当地での事業継続の判断・行動を迅速化することにより、リスクの低減を図ります。
製品供給途絶リスク
<リスク概要> 原油価格動静等の市況面、資源保有国の政情等の地政学面、気候変動等の環境面や人権等の社会面の混乱に伴う、生産に必要な原材料、部材等の調達逼迫、取引先からのフォースマジュール条項の発動の顕在化により、以下のリスクが高まる可能性があります。
  • 原燃料の調達困難を契機とした安定した数量・品質の製品供給困難
  • 当社の製品供給途絶に伴う最終製品メーカーの事業継続困難
  • 供給契約の債務不履行に伴う賠償責任の発生 など
<対応> 当社は社会生活上の必需品や、企業の事業戦略上の重要製品の製造に不可欠な素材を安定的に供給する社会的責任・使命を有しているという認識のもと、事業継続計画の策定などを通じ、サプライチェーンの強化を推進してきました。
一方、「リスク概要」に記載の通り、グローバルサプライチェーンを取り巻く環境の急激な変化により、安定供給のための諸条件・前提が大きく変化していることを踏まえ、本テーマを「優先対応リスク」と位置づけ対策を強化することとしました。
今後は、購買・物流部門を中心とした推進体制で、サプライチェーンにおける脆弱性の情報整理を行い、原材料における複数購買化やレシピ変更などのリスク低減策を明確化、実行することにより、製品供給の継続性を強靭化します。

4.主要なリスク

(区分:「事業」、「E(環境)」、「S(社会)」、「G(ガバナンス)」の順で掲載)
優先対応リスクのほか、当社グループにおいて影響が大きいと評価している主要なリスクは以下のとおりです。これらには、前述のリスク洗い出しから影響が大きいと評価したリスク及び各事業本部で設定した対処すべきリスクも含まれており、全社委員会や専門部署、事業本部が中心となってリスク低減対応を推進しております。

(1)製品の需要・市況の動向と事業計画に関わるリスク 区分 事業
<リスク概要> 当社グループは、多種多様な基礎素材製品を広範な産業及び地域に供給しており、世界的あるいは地域的な需給環境の変動や素材代替の進行、取引先の購買方針の変更等による当社グループの製品に対する需要減退などにより、以下のリスクが高まる可能性があります。
  • 景気・市場変動・国内の人口減少による特定顧客・用途の大幅な需要変動ならびに価格下落
  • 新規企業の参入による当社の相対的な優位性低下
  • 物価上昇圧力による消費マインド減退
  • 取引先の与信リスク顕在化 など
<対応> 当社グループは、製品の需要や市況の変化に対応すべく、持続的に競争優位の製品確保に努めており、広範囲にわたる事業領域で設備投資を実施しております。また、事業拡大・競争力強化を目的として、事前に収益性や投資回収の可能性について様々な観点から十分な検討を行った上で、第三者との間で様々な合弁事業や戦略的提携、事業買収等を行っております。
各事業領域においても、中期経営課題“プロジェクト AP-G 2025”の達成に向けて、事業ポートフォリオの改善(事業拡大、新規参入、多用途化)、新たな販売チャネル開発、手戻りのない効率的な差別化商品の開発、サプライチェーン見直し、在庫適正化など、様々な課題を各事業が個別に設定、推進しております。
(2)グローバル事業展開に関わるリスク 区分 事業
<リスク概要> 当社グループは、アジア・欧州・米国をはじめ海外で広く事業を展開しておりますが、米中対立が長期化の様相を示しているように経済安全保障リスクは高まりを見せており、各地域において以下のようなリスクがあります。
  • 不利な影響を及ぼす税制や関税の変更等、予期しない諸規制の設定・運用又は改廃
  • 予期しない不利な経済的又は政治的要因の発生 など
<対応> 当社グループでは、2021年に経済安全保障に関する専任チームを経営企画室に設置し、リスク対応を進めております。法務、購買・物流、マーケティング、技術など幅広いメンバーで構成し、米中を中心とする各国の情報収集・分析・周知、当社グループの事業活動(サプライチェーン、資金、研究開発、人事管理、データ管理等)の把握を行い、リスク回避・軽減のための仕組みづくり、リスクが顕在化した場合の機動的対処を行っております。
(3)為替相場の変動、金利の変動に関わるリスク 区分 事業
<リスク概要> 当社グループは、原材料等の調達を含む外国通貨建て取引を行っております。また、海外事業の現地通貨建て財務諸表の各項目は連結財務諸表作成のために円換算されます。事業資金においては主に金融機関からの借入、コマーシャル・ペーパーや社債の発行等により調達しております。これらには以下のようなリスクがあります。
  • 為替相場の変動により財務諸表の各項目における円換算への影響
  • 資金調達及び調達コストへの影響 など
<対応> 当社グループはグローバルに事業拠点を保有する強みを活かしながら、地産地消を推進するとともに、グローバルオペレーションを機動的に展開することで為替変動の影響を受けにくい経営体質の構築に努めております。また本社及び各国・地域代表や各地区財経チーフ・海外関係会社の駐在員などが常に最新の情報を把握・共有化するとともに、外貨建債権・債務に関して為替予約などのリスクヘッジを実施し、急激な為替レート変動にも対応可能な体制をとっております。また、将来の急激な金利上昇に備え、金利動向を注視し、最適な資金調達を実行していきます。
(4)気候変動、水不足、資源の枯渇等の環境課題に関わるリスク 区分 E(環境)
<リスク概要> 世界的な気候変動対策への懸念や企業に対する期待の向上から、当社グループにおいて、以下のリスクが高まる可能性があります。
  • サステナビリティ対応の遅れによる競争力低下(環境負荷の低い素材への代替推進など)
  • 石油化学産業へのレピュテーションの悪化による企業ブランド価値の低下
  • 世界的なカーボンプライシング等の導入 など
<対応> 当社グループは、1990年代に地球環境委員会を設置するなど、気候変動、水不足、資源の枯渇など、様々な地球規模の課題へのソリューション提供に以前より取り組んでおります。「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」では、世界の持続可能性に負の影響を与えない努力を尽くすことを、2030年に向けたKPIも含めて表明しており、2021年にはその取り組みを一層加速するため、全社委員会であるサステナビリティ委員会(委員長:代表取締役社長)を設置し、当該委員会の統括・管理の下でグループ横断的・機動的に気候変動関連リスクへの対策を推進しております。
中期経営課題AP-G2025には下記①~④に示すサステナビリティイノベーション(SI)事業の供給拡大を掲げており、東レグループの成長とバリューチェーンのCO2削減貢献量拡大などにより社会の持続的発展に貢献していきます。
  • ① 気候変動対策を加速させる製品
  • ② 持続可能な循環型の資源利用と生産に貢献する製品
  • ③ 安全な水・空気を届け、環境負荷低減に貢献する製品
  • ④ 医療の充実と公衆衛生の普及促進に貢献する製品
(5)自然災害・事故災害に関わるリスク 区分 E(環境)
<リスク概要> 気候変動により台風や洪水等といった風水害の規模が大きくなるなど、自然災害へのリスクが高まっており、当社グループにおいても以下のようなリスクがあります。
  • 突発的な災害や天災、感染症流行、不慮の事故等による製造設備等の損害や原材料等の供給不足
  • 電力・物流をはじめとする社会インフラ機能の低下 など
<対応> 当社グループは、「安全・防災・環境保全」をあらゆる経営課題に優先しています。全社委員会である安全・衛生・環境委員会が中心となり、生産活動の中断による損害を最小限に抑えるため、製造設備の定期的な防災点検及び設備保守、また安全活動を推進しております。また大規模地震や水災などに関して、従業員・地域社会への安全対策、事業継続のガイドラインを定め、対策を推進しております。
(6)人材戦略リスク 区分 S(社会)
<リスク概要> 働き方や就労観の多様化、労働力人口の減少、長寿・高齢化の加速など、人材戦略に関わる環境は変化しており、当社グループにおいても、以下のようなリスクがあります。
  • 生産継続・事業拡大を支える人材の不足
  • 人材採用競争激化、賃金上昇によるコスト増加
  • キーマン不足による技術・ノウハウ継承の途絶 など
<対応> 当社グループは創業以来、「企業は人なり」の考えを基本に、社会経済情勢や経営環境の変化に対応しながら様々な施策を講じてきましたが、昨今の人材戦略に関わる環境の複雑化を背景に、中期経営課題AP-G2025において「人を基本とする経営の深化」を経営戦略の一つに掲げ、人事勤労部門や総務・コミュニケーション部門を中心に、各事業、各国・地域と連携して、人を育てる企業文化の継承と発展、個のキャリア形成の充実と働きがいの向上に努めております。
多様な人材の確保・登用、自律的なキャリア形成やスキル習得の支援による人材育成、現場の声を尊重する組織風土の醸成などを通じた働きがいと働きやすさの実現により、東レグループの人材基盤を強化します。
(7)コンプライアンスに関わるリスク 区分 G(ガバナンス)
<リスク概要> 当社グループは、事業活動を行っている各国及び地域において、環境、商取引、労務、知的財産権、租税、為替等の各種関係法令、投資に関する許認可や輸出入規制、独占禁止法に基づく競争政策等の適用を受けており、以下のようなリスクがあります。
  • 新たな環境規制や環境税の導入、法人税率の変動等これらの法令の改変、各種法令での違反判定
  • 公正取引委員会による行政処分、税務当局による更正通知
  • 従業員によるデータ偽装などの不正行為
  • 財務報告に係る内部統制の有効性の限界
  • 知的財産権、製造物責任、環境、労務等に関する訴訟 など
<対応> 全社委員会である倫理・コンプライアンス委員会を中心に、動機・機会・正当化の観点でのリスク抑止、不祥事を起こさせない組織風土づくり、内部通報制度やAIツール活用などを促進し、東レグループ全体の倫理・コンプライアンス活動の深化およびコンプライアンス意識の徹底を図ります。
また、当社グループは内部統制システムの整備・維持を図り各種法令等の遵守に努めておりますが、国内外関係会社の現場力強化を通じて、内部統制の更なる充実化を図ります。
(8)情報セキュリティ、サイバー攻撃に関わるリスク 区分 G(ガバナンス)
<リスク概要> 重要技術情報や営業機密を巡っては、悪意のある社内外の者により盗取される事件が巷では継続的に発生しており、情報の取り扱いを巡る問題も複雑化(GDPR、米中対立による情報保護法規制の適用、経済安全保障関連など)していることから、当社グループにおいても以下のようなリスクがあります。
  • 不正侵入、情報の改ざん・盗用・破壊、システムの利用妨害
  • 高度化を続けるサイバー攻撃によって事業運営の停止
  • 故意・過失を問わない社外への機密情報流出 など
<対応> 当社グループが事業活動を行う上で、情報システム及び情報ネットワークは欠くことのできない基盤であり、構築・運用に当たってはこれまでも十分なセキュリティの確保に努めておりますが、2022年に当社グループ会社を一元的に管理する東レグループ情報セキュリティ推進委員会を設置し、各社個別最適から当社グループ全体最適を行う体制に変更しました。当該委員会の統括・管理の下で、東レグループ情報セキュリティ基本方針を定めるとともに、東レグループ全体のリスク状況と世間動向を把握し、グループ共通のセキュリティ管理基準の策定・実施状況フォロー、定期的なセキュリティ診断およびモニタリングを通じて、当社グループ全体での情報セキュリティの維持向上を図っております。