
ごく普通のビニール傘を空中で長時間滞空させる。そんな挑戦に、東レの「エンジニアリング開発センター」の18人は2つの戦略で挑んだ。生贄発表から夜会までの1ヶ月半には、緻密な戦略と共創のドラマがあった。極限のアイデアとテクニックと情熱を集結させた、挑戦の記録。
Member メンバー

Development diary 開発日誌
家電と思いきや、まさかのビニール傘! いかに流体をコントロールするかの勝負。構造がシンプルなだけに選択肢が多い。アイデアの収束が非常に重要。

チームメンバーでブレストを実施して、多数のアイデアを出した。
まずは生贄傘を知るために、上空に投げてみる。
閉じている傘を、やり投げのようにまっすぐ投げられない。開いている時もすぐにひっくり返って墜落してしまう。重心位置がポイントか。


傘を自動で開くための機構を製作。モーターでジャンプ傘のボタンを押すテストをしてみる。上空に思いきり投げると、傘の姿勢が乱れて空気抵抗で上手く開かなかった。また開いたとしても着地するまでに姿勢を整えるのが非常に困難。
重心位置が重要。グライダーを飛ばすようなイメージが正解なのか。


雨避け部分を飛行機形状に切り取り、重心位置、空力モーメントを調整することで、滑空するグライダー型を製作した。投げた後に傘を開く必要があるので、飛行安定性の向上が必要。
一方で、カーボンで完全自作した軽量傘の滞空時間が思いのほか長いことがわかった(「開く君へ」の礎)。


グライダー型は安定して滑空する時があるが、推力がなければ2~3秒が限界。推力としてCO₂ボンベの検討を始めたが、連続噴射時間の点から長時間滞空は期待できない。
一方、有力な候補として「羽ばたき」案が浮上した。これが成立するのであれば、チャレンジしなくては勝てないのではないか。


「羽ばたき」を実現できれば長時間滞空が狙えそう。傘の雨避け自体を羽ばたかせる構造か、別の羽を取り付けるのか。設計班を構成し、取り組みを開始した。別働のCO₂ボンベ(ノズル設計)の検討も進み、噴射も上手くできるようになってきた。自作軽量傘の製作ノウハウもメンバーに共有して量産体制を整える。方向性が見え始めて、ようやく走り始めた感じ。


軽量化した傘の雨避け部分を羽ばたかせる「クラゲ傘」を試作、テストしたが全く浮かず。雨避け部分を振り上げた際の抗力が大きく、如何に逃がすかがポイント。雨避け形状の工夫が必要だが、理論上必要な推力を生み出すことが困難。どうしたものか。


羽ばたき機構の検討を継続している。まだまだ改良の余地があるものの、そろそろ浮く気配を感じたいところ。CO₂ボンベはうまく噴射できるようになったが、その重量に見合った推力が得られず、ここで断念した。


軽量傘の骨組み設計を製作班と共有。チーム力が上がってきた。
「クラゲ傘」の推力を上げるために、羽ばたき速度を上げると骨が折れた。剛性を上げると重くなって必要な推力が増えるジレンマ。


傘の雨避け自体を羽ばたかせる構造として、鳥型の「羽ばたき」も試作し、「自由落下」と並行して検討を始めた(「うきうきアンブレラ」の礎)。
「羽ばたき」については、パワーウェイトレシオに不安がある。
バックアップとして検討している「自由落下」について、制御による自動開閉が機能しそう。
勝負できるものを早く一つは作りたい。


ジャンプ傘のバネが硬すぎて自作難しい・・・無理やり組もうとして留め具などが変形した。
新たに試作した展開機構はスムーズに展開していた。あとはセンサーでタイミングよく開けば本番用1号機完成となりそう。


4本骨だと開くときに雨避けが風圧でたわみ、うまく開かない。ジャンプ機構はリンク機構が複雑なので、市販品流用では展開時の角度などの調整が困難である。ジャンプ傘機構の採用は見送るのが良さそう。


制御で自動展開できるようになったものの部品が重く、軽量化が必要。一方で制御がなくても風圧がなくなった上空で勝手に開くようになっており、結局シンプルイズベストに落ち着いた。軽量傘の自由落下で滞空時間を狙う王道パターンと羽ばたきの2パターンで継続して進めることになりそう。2回投擲できるので両方投げるのも手か。


落下時にらせんを描くと滞空時間が延びるようである。「くるくるモード」と呼び始める。おそらく揚力が生まれていると思われる。狙ってできるように検討したい。
投擲を繰り返すリーダー、脇腹の筋肉痛に悩まされている。


「自由落下」1案、「羽ばたき」2案(鳥型とクラゲ傘)の計3案で進めているが、いずれも形になるのはまだ先な印象。
まずは自由落下を完成させたいが、羽ばたきの可能性もあるので何とか続けて頑張りたい。


夕方から鳥型羽ばたき傘のテストを実施、重力に完全に抗い、高度を上げながら体育館中央から飛び続け、壁に激突したが長時間飛んで感動した。あとは旋回できれば、理論上バッテリーが切れるまで飛び続けられる。
さらにクラゲ傘も6m上から落として羽ばたきによる減速を確認でき期待が持てる。


「自由落下」については、くるくるモードを確定演出できれば長時間滞空が狙えるのではないかという感じになってきた。
皆、それぞれの役割・作業に没頭する日々が続く。チームメンバーの団結力も高まっている。










傘動画トラッキング解析試作が完成。かっこいい。
はじめてレギュレーションを満たす仕様で投擲できた。あと一週間で記録を伸ばしたい。
いよいよ大詰め。


まだまだ鳥にしか見えないが、体育館中央から壁まで飛行した。大歓声で盛り上がる。
雨凌ぎテストを実施したが、羽根が小さいので、傘と言い張るには微妙な感じ。


「羽ばたき案」鳥について、どうすれば傘に出来るのか議論。
我々にとっての傘とは「センターシャフトに対して放射状に骨が伸びており、ワンステップで開閉ができるもの。雨避けのサイズ、アスペクト比は生贄傘を踏襲すること。」とした。
大幅な設計変更が必要だ。


自由落下、くるくるモードに移行するために、意図的にカオスな状態を発生させられないかとにかくいろいろ試す。
バックアップと称していた自由落下も洗練されてきた。
傘の部品ひとつひとつを見直し、いくつも試作品を作り、検証してきた。
一見軽いだけの傘だが、そこには我々のこだわりが詰まっている。


夜、自由落下が全く開かなくなる。
結局重心バランスが悪かった。バネ定数、揺動抵抗、対気速度、抗力、重量など各パラメータの相互関係を定量化するのが良いが、投げて調整の繰り返し。結局はそれが早いのか??
答えは見つかっていない。


昨晩の教訓を活かして、重量バランス考慮したモデルでの自由落下。安定度が高い。
特に傘開き動作が優雅になった。連日の投擲でリーダーの魔改造も進み、筋肉痛にならなくなった。
羽ばたき、大型モデルでも滑空+少し浮いてるか?まできた。
明日から最後の週末。完成度を上げていきたい。


自由落下:骨が捻じれて開かない問題発生。閉じているときの骨の位置を固定する機構を開発し対処。
羽ばたき:だいぶ性能向上しているが、狙ってない左旋回する。滑空から抜け出せない。


羽ばたき:墜落で骨折する問題。サーボ電流不足で背骨が開かない問題。
最終判断出来るのか。


自由落下:ほぼ最終形。投擲から展開、滞空時間まで安定している。
スタンバイ~調整~雨凌ぎ~投擲までの一連の流れを入念に練習。
さらに予備機、予備品の製作を開始。
羽ばたき:開いたままの投擲で飛行時間が伸びてきた。
閉(投擲)→開(空中)→羽ばたきの確認が必要。


自由落下、羽ばたき共に夜中までひたすら投げては微調整の繰り返し。
疲労もピークであるが、誰一人そんなそぶりを見せずに、ふたつとも完成度を上げる作業に没頭している。
自由落下はここにきて空中開かないケースが多発し始めた。
雨除けサイズ、バネプリロード、上反角、持ち手位置等々、ひとつひとつ原因調査をしていく。結果、バネが繰り返し使用でへたっていた。


羽ばたきはとにかく投げて、受け止めて、調整して。の繰り返し。
チームメンバー総出で傘受け止め守備。完成度を上げていくのみ。
自由落下傘はバネが特注品で3つしかない。へたりを防止するために投擲は控える。
予備機製作など、夜会に向けた準備を進めていく。

ようやく長い改造期間が終了!梱包作業を行った。



自由落下、羽ばたきともに輸送中の破損を防ぐために、ハンドキャリーを選択した。
特に羽ばたきは尾翼角度を最終飛行から変えないため、ほぼ畳まない姿で、大きな箱を作って移動。電車の中で乗務員に2回ほど声を掛けられた模様。

「レ」の練習。

リーダー:坂下
目標タイムをどう設定してよいか分からない中で、「自由落下」と「はばたき」両方を最後まで進めたが、両方で結果を残せて本当に良かった。
私が自由落下方式をメインに据える考えを持っていることに対し、チームメンバーからは、「消極的だ」、「そんなの魔改造ではない」などの意見もあった。確かに自由落下方式は、性能を突き詰めると、どんどん構造がシンプルになるため、いわゆるメカメカしさ、魔改造モンスターっぽさが無いのが気がかりだった。それでも、完成した「開く君へ」がお披露目された瞬間の姿は本当に美しく、無駄が一切ない、これも魔改造の美学であって良いと思った。タイムも上々で性能の高さも示すことができた。
羽ばたき方式は小鳥サイズならまだしも、人が雨を凌げるサイズだと、パワーウェイトレシオが不足すると考えていた。ましてや“傘であること”という枷もある。それでもチームメンバーが最後まで頑張りきり、本番で優雅な飛行を披露するに至った。タイムの優劣だけでは語れない最高のパフォーマンスだったと思う。
メンター:藤内
長かった自由落下vs羽ばたき論争は、結局、どちらかに決めることはなかった。メンバー皆がそれぞれの仕事を精一杯頑張り、どちらかに決められないほどの完成度に仕上げてきた。
当初、自由落下班は自分達のことを、羽ばたかせるために、しっかり記録を残すためのバックアップと称していた。単なる軽量化で魔改造ぽくない。との葛藤が常にあった。ただ、部品一つ一つを全て、地道に改造してテストして、改良して、軽量化を突き詰めていった末に完成した傘は、胸を張って自分たちのモンスターと言えるものとなった。
羽ばたき班も、途中何度も寄り道(ちゃんと畳めない、羽根が小さい等)しながら、自分達のモンスターがレギュレーションを満たすのかにばかり気を取られていた。そのたびに、自分達にとっての傘は何なのかを何度も議論し、最後は飛行性能を犠牲にしながらも、自分達の傘とはこういうスタイルで、誰にも文句を言わせない。という所までもってきた。
そして、そのどちらも夜会で結果を出してくれた。
それが、このチーム全員の成果であると思う。
最高の結果だった。
