R&D対談

みんな科学少年だった。

阿部 晃一

東レ代表取締役副社長/
技術センター所長(CTO)
阿部 晃一Koichi Abe

1953年生まれ
大阪大学大学院 基礎工学研究科 修士修了(物理化学)
1977年 当社入社(フィルム研究所)
2005年 当社取締役 研究本部長
2014年~ 当社代表取締役副社長

野依 良治

東レ社外取締役
野依 良治Ryoji Noyori

1938年生まれ
京都大学卒業
名古屋大学特別教授 工学博士
2000年 文化勲章受章
2001年 「不斉合成反応の研究」でノーベル化学賞受賞
2015年~ 当社社外取締役

最初に東レ及び科学との接点についてお聞かせください。

ノーベル化学賞を受賞された野依先生と科学の話をできるとは、ほんとうに光栄です。先生の不斉合成反応に関する研究成果は、医薬品を含め化合物を作り出す際に広く利用される有益な技術となっていますが、先生はずいぶん昔から東レと接点があると伺っています。

我が家は昔から東洋レーヨン(現東レ)と縁がありました。祖父と辛島淺彦さん(のちの第2代会長)とは親戚、同郷のおさななじみで、祖母から「当初のレーヨンはなめれば溶ける糊のようだ」という辛島さんの言葉を聞いたことがあります。
科学に興味を持つようになったのは、終戦直後の貧しい時代に、湯川秀樹博士が日本人として初めてノーベル賞を受賞したのがきっかけです。多くの少年が湯川先生に憧れを抱き、当時小学生であった私もその一人でした。そして中学に入る直前、大手化学会社の研究者であった父に、東レのナイロン製品発表会に連れていかれ、そこで当時の袖山喜久雄社長が「これは石炭と水と空気から作れる画期的な製品です」と紹介していたのです。何もない時代でしたから、「化学は、ただ同然のものを価値あるものに変えてしまう錬金術だ」と知り、感動しました。この“ナイロン事件”をきっかけに、理系の勉強に身が入るようになりました。加えて、食事時にいつも父から、「資金のある企業は海外の技術に依存しているが、これではダメだ。日本が復興するには国産技術の開発に力を注ぐべきだ」という話を聞かされました。そのような環境で育ったものですから、化学の強い京都大学工学部を目指し、進学しました。そしてゆくゆくは東洋レーヨンで研究者を目指したいと思っていました。しかし、大学院に進学すると研究に熱中してしまい、指導教授に薦められるまま大学に残って研究者を目指す道を選びました。ところが巡り巡って、社外取締役として4年前から東レと深く関わるようになり、夢が叶いとてもやりがいを感じています。

私が科学に興味を持ったのは野依先生のような格調高い動機ではなく「鉄腕アトム」です。科学の子、ジェット推進、10万馬力、AIで動く正義のヒーロー……。「科学は社会のためにある」「科学が社会に貢献する」というメッセージが強く、漠然と自分も将来は科学で社会に貢献したいと思っていました。その後、1年生から理数系コースを選べる公立高校に進学しました。そこでの理科の授業は座学中心ではなく、基本原理をマクロなモデルに置き換え、実験で体感することの繰り返しでした。その時の先生がノーベル賞科学者の名言について熱弁をふるう中で、パスツールが言ったとされる「Chance favors the prepared mind」にとても共感を覚えました。「幸運の女神は、問題意識を持ち続けている人に微笑みかける」と理解し、今も私のモットーにしています。また、プラスチックケースに詰まった大豆の数を推定する問題が出された時、まともに計算しようとすると時間切れになるのです。これには面食らいました。実は“直観”の重要性を教えるものでした。こういった一風変わった授業で、私の科学への好奇心はますます掻き立てられていきました。
大学時代は、「実験する前に答えを予測せよ。実験は確認である」「実験する前に、その実験が本当に必要か否かを十分に考えよ」「2時間実験をしたら、最低でも、現場で、その2倍は考える時間を取るようにせよ」。こういった研究者としての心得を叩き込まれました。そんなある日、実験手順の変更で、従来の予測とは全く異なる現象が偶然起こり、指導教授から「君の研究を企業に特許出願してもらうことになった」と聞かされました。その企業が東レだったのです。
そういった縁もあって東レに入社し、最初にフィルム研究所に配属されました。ここでも一つの研究テーマを行っている時の小さな気づきや問題意識が、次のテーマ設定のヒントになっていきました。東レでは“深は新なり”あるいは“極限追求”と言って語り継がれていますが、私はそれを貫いた結果、NEST(New Surface Topography)という磁気テープ用の薄膜積層技術を開発し、大河内記念生産特賞を受賞しました。

阿部

粘り強さこそ
日本人気質を活かした
最大の参入障壁

日本ではイノベーションが起きにくいとも言われています。
この問題についてどのようにお考えですか。

日本企業は「技術で勝ってビジネスに負ける」とよく言われます。潜在的能力は高いのに開発段階に進まず、価値に変えるのが苦手なため、研究開発費が投資というよりもコストと認識されがちです。しかし、事業化されていないからといって、必ずしも技術水準が劣るわけではなく、時代が追いついていない「早すぎる発明」も多々あります。何年か後に外部で大化けするとしたらこれは非常にもったいない話です。
市場に対し受け身ではなく、アンテナを高くして世界を見渡し、自らの発明や技術を活かす提案を主体的に行うべきです。日本企業は一つのことを深く精密に見る「虫の目」は鋭いのですが、物事を俯瞰的に見る「鳥の目」や顕在化していない現象や兆しを感じとる「魚の目」をもっと養う必要があると思います。
それと、世界的に「価値の共創」時代を迎える中、日本人がグループとチームの違いを認識できていないのも問題です。グループは、均質性に基づいて自然発生的に生まれる「群れ」を意味します。チームは、人為的に明確な目的を持って構成される「組織」です。「和を以て貴しと為す」という日本人の伝統的精神は群れに由来するもので、社会の安定化、定型業務の遂行には大きな力を発揮します。しかし、均質のグループからは、新たな価値をつくるための掛け算の力が出てきません。音楽で独唱や独奏もいいが、オーケストラ編成では、さまざまな楽器演奏の名手を集めなければならない。そしてこれを束ねる優れた指揮者が必要になります。また綱引き大会と異なり、野球やラグビーのような競技でも、勝つためには異なる役割を持つ選手が必要、ダイバーシティに富んだチーム編成が不可欠になるわけです。特に日本企業がイノベーションのスピードを速めるには、仲良しグループではなく、異色の人を抜擢し、必ず勝つためのチーム編成を意識すべきです。シリコンバレーはそれができるからベンチャーが成功するのです。斬新なアイデアに投資してもらい、その資金で世界中から多様な人材を集め、最強のチームを作ります。
もう一つ付け加えたいことは科学技術にもアートというか感性の要素が必要だと思うのです。欧米だけでなくアジアでも先進的な技術系大学では、感性を触発するアート部門が増えています。東レの研究者には、STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)の優秀な人が多いのですが、これからのビジネス開拓のためにもArtを加えた、STEAMの感覚を持つ人が不可欠になります。
本来、企業の研究は、目の前の問題解決のためだけではなく、将来に向けた新しい価値を創っていくためになされるべきです。社会は広い。研究者・技術者は確立された理屈で攻めようとしがちですが、“想像力”を備えた“創造力”を持っていないと世の中が求めるものを生み出すことはできません。その意味では、素人の発想で玄人が実現するというアプローチも重要です。顧客と日々接している営業・マーケティング部門ほか、生活感覚に敏感な人、あるいは直観やセンスに優れた芸術学校出身社員など、多様な感性を採り入れて、柔らかい発想でイノベーションを考えることが重要ではないでしょうか。

今まさに東レでは、野依先生のご指摘に応えるべく、「未来創造研究センター」を建設中で2019年12月の完成を目指しています。ここは、アイデアの創出機能を設ける「融合研究棟」と、そのアイデアに基づいた開発品の試作・評価・実証を推進する「実証研究棟」からなり、アドバイザリーボードには人文科学や社会科学の人たちも迎える予定です。そして、単なるモノづくりの技術開発拠点ではなく、未来社会に必要な機能や仕組みを探究し、材料の強みを活かした“コトづくり”をやっていこうとしています。加えて、国際会議場、展示・デモエリア、オープンラボなどのイノベーションのハブ機能を持たせ、多様な分野のアカデミアや重要パートナーとの交流・融合・連携による戦略的オープンイノベーションを加速します。

野依

仲良しグループよりも
勝つためのチーム編成を
意識すべき

オープンイノベーションという話が出ましたが、その重要性についてお聞かせください。

研究から技術開発まで全部自前でやれる時代ではなくなってきています。製薬産業では、あまたある外部の研究機関やベンチャーとの連携が当たり前になっています。イノベーションは堅固な組織の旧来型大企業からは生まれ難い。むしろ自然界の生態系のように多様な構成要素が循環的かつ効率的に機能する「エコシステム」が有効です。つまり、東レは自社技術をコアとして、外部の技術や資本も活かしながら高付加価値製品を作り、継続的に収益を生み出す仕組みを構築することが、戦略として重要です。東レの技術センターは、これまで蓄積した知見・技術を金庫に鍵をかけてしまっておくところではない。イノベーションを起こすために、内部活用のみならず外部との技術融合も積極的に推進するべきで、その司令塔である阿部副社長・CTOの役割はものすごく大きいと思います。

東レには元々、今で言うオープンイノベーションの気風があったと思いますが、2000年頃は自前主義にこだわっていました。しかし、2002年3月期に単体営業赤字に陥った際、そのこだわりを猛烈に反省し、2003年に先端融合研究所を設立しました。けれども遡ってみますと、炭素繊維の基本発明は大阪工業技術試験所(現産業技術総合研究所関西センター)の進藤昭男博士でした。東レは、いち早くその価値に気づいて特許の実施許諾を受け、粘り強く研究・技術開発を続けたわけです。これはまさにオープンイノベーションであると思います。そういったことを再認識して、「未来創造研究センター」を有意義な機能にしたいと思います。

社会課題の解決のための科学という意味では今、海洋プラスチック問題がクローズアップされていますが、これについての東レの取り組みを教えてください。

海洋プラスチックの課題解決は東レも重点テーマに据えています。ただし、生分解性プラスチックだからといって海水に捨てられたものが簡単に分解するというわけではありません。すぐに分解されるという誤解は、逆に投棄を助長する可能性があります。そういったことも考慮して、東レはリサイクル性に注目しています。例えば、スーパーなどで一般的に使われている包装用の袋は、ほとんどがプラスチックフィルムですが、複数の素材を組み合わせて使われています。これを一つの素材にすることで格段にリサイクルが促進されると考えています。

機能の革新性のみならず、循環経済に資する素材がますます求められます。なぜなら、役に立つものほど、環境問題など負の影響も大きくなる傾向があるからです。石油由来で画期的機能を実現する構造体を効率よく生産する研究はこれからも重要です。その一方で東レは世界中のあらゆる産業に素材を提供している企業ですから、素材の力で海洋プラスチック汚染をはじめ環境問題に対する効果的な提案をする社会的義務を負っていると思います。ましてや「素材には、社会を変える力がある」と標榜している以上、東レを支持する者としては、「やれること」をやるというレベルではなく、世の中の課題を解決する先導役として、「やるべきこと」を設定して挑戦してほしいと思います。

阿部

研究者なら
ひと山当てる気概が必要

野依

科学者は自ら創る世界に
生きてほしい

では、科学の力で世の中に貢献する人材育成についてはどのようにお考えですか。

受け身ではなく、能動的な考え方・動き方ができる高い志と使命感を持っていることは言うまでもありませんが、東レで大きな成果を上げた研究者・技術者の共通点の一番にくるのが、「基礎科学力に裏打ちされた深い専門性を持っている人」です。しかし、最近の大学の傾向は、専門分野が狭く深くなっている半面、例えば高分子化学の修士課程を修了していても、野依先生の言われた「鳥の目」というか、周辺を含めて全体を見る基礎科学力が低下しているように思われます。その一方で、単一の技術だけでは大型新製品の創出ができなくなっており、タコツボ研究からは大きな成果は生まれにくくなっています。しかも、大学での専攻と企業での研究テーマは必ずしも一致するわけではありません。ですから「鳥の目」で物事を見ることができ、なおかつ、同じ深さでなくても複数の専門性を持っていて、未知の分野にアプローチする時のツボを知っている人が、大きな成果を上げています。また、そのような人材(人財)の育成に注力しています。
東レは、長期にわたって研究・技術開発に専念でき、若手研究者も「研究専門職」を目指して切磋琢磨できる風土をつくるため、1992年にリサーチフェロー制度を、1998年に工務技監制度を設けました。そして、会社に貢献する画期的な研究・技術開発の業績を上げ、その分野において専門的リーダーシップを発揮している研究・開発技術者に「リサーチフェロー」または「工務技監」の称号を与えています。その効果もあって、東レには突き抜けた技量の持ち主が何人もいます。加えて、今までどうやってブレークスルーしてきたのかを「私の研究の進め方」という成功事例集にまとめ、それを語り継ぐ取り組みを行っています。

人は人に惹かれます。どんな製品ができたかよりも、それを成功させた人の足跡の方に興味を持ちます。成功者の取り組みを語り継ぐのはとても良いことだと思います。
私の経験では、独創的な発想の持ち主は、何でもそつなくこなす優等生、偏差値の高い人とは限りません。むしろ偏差値の高い人たちは発想や行動が似通っています。全員が規格外では困りますが、世の中にないものを創るためには、変わり者や偏屈な研究者の発想も無視できません。規格外の発想は、若いころから我流を貫き、自学自習の習慣のある人から生まれるように思います。なかなか持論を譲らず、組織では孤立しがちですが、それでも出る杭を育てる東レになるべきだと思います。
加えて、これからはデータが第二の石油資源と言われ、AIやビッグデータが威力を発揮する時代に向かっているのは明らかです。その点では、数理・統計に強い人材の確保・育成が重要になりました。研究者にとって、デジタル技術は効率的に物事を行う手段であって、化学のような地道な手作業の世界にデジタル化やシステム化は馴染まないという意識がありました。しかし、この思い込みは改めるべきです。IT技術の進化は、桁違いの範囲とスピードで探索を可能にします。10年先の化学産業の地図はデータ活用をものにできた企業の色で埋め尽くされることでしょう。東レは、全社をあげて情報化でも業界をリードする存在を目指すべきです。

最後にこれからの時代を担う研究者・技術者へのメッセージとして、
どのような人材を東レが求めているかを含めてお話しください。

東レが求めているのは、名誉会長であった前田勝之助さんの言葉にあるとおり、「変化を見る目と本質を見抜く力があり、課題を持って主体的に取り組む」ことのできる人材(人財)です。これはずっと変わっていませんし、これからも変わらないでしょう。そのうえで私は、売上3兆円を超す企業であっても、ベンチャーの集合体としての気概をなくしたら衰退がはじまると思っています。正直なところ私は、「ひと山当てる」という気概でフィルムの研究をしていました。今も「自分の力で東レを変える。自分の力でもって世界を変える」という開拓者の気持ちでいます。このくらいの大胆不敵さをみんなに持ってほしいと思っています。

知性と感性に溢れた若い人たちには、現代文明のあり方が問われている世界の潮流をしっかりと認識し、ぜひ東レでその才能を活かしてほしいと思います。東レは、世界からエクセレントカンパニーと評される存在を目指しています。経済利益活動と社会的価値の創出を両立させるCSV(共有価値の創造)に通じる理念のもと、グリーンイノベーションとライフイノベーションに社運をかけています。ライフの意味は何でしょう。生命だけでなく、生活さらに人生のイノベーションを目指すべきでしょう。これらは社会の意思を反映して初めて可能になります。東レにはそのチャンスがたくさんあります。
科学は社会に大きく貢献するものであり、誠にやりがいのある営みであると私は実感しています。未来を切り拓く若い科学者には、ぜひとも、他から与えられたものではなくて、自ら創る世界に生きてほしいと思います。そして、その気概を持ってあるべき明日の社会を描き、いろいろな人と手を携えてそれを実現することを願っています。
私自身も役員の一人として、将来の東レを担う人たちへの責任を認識しています。光合成法によるナイロン製造法を開発し、社長就任後に東洋レーヨンを東レに社名変更して、非繊維部門の事業育成に注力した伊藤昌壽さんは、「目先の業績を上げるだけならわけはない。次の次の世代のために種を仕込むのが社長の仕事である」と言われました。この経営の精神は、現在の日覺社長に至るまで受け継がれています。私もそういった気概で経営をサポートしていきたいと思います。

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