革新技術・先端材料の創出で社会に貢献する

CTOが語る「東レの研究・技術開発力の源泉」

東レ株式会社 代表取締役副社長
技術センター所長(CTO)
阿部 晃一

研究・技術開発が、新しい価値を創出し、社会を変えてきた

東レの成長の歴史を振り返ると、研究・技術開発によって革新技術・先端材料を生みだし、それが新たな事業を創出し、社会を変えてきました。

私たちが創出する「先端材料」は、車やパソコンなどの「最終製品」の中に隠れてしまうため目立ちませんが、合成ポリマーの発明によって合成繊維が生まれ、半導体の発明がトランジスタ、集積回路となり、現在のIT産業につながっているなど、先端材料の創出によって新たな産業が興り、それが人々の暮らしや社会を変えてきたことは歴史が証明しています。

当社は、1926年にレーヨンの生産会社としてスタートしました。パルプを原料とするレーヨンは、当時「人類初」の化学繊維。それを日本人自らの手で生産しようというチャレンジの中で創業したのです。このベンチャー精神・フロンティア精神は、今もなお、当社の研究・技術開発のDNAとして受け継がれています。

その後、さまざまな革新技術・先端材料を創出し、創業から90年以上を経過した今日、当社は、(1)繊維事業、(2)機能化成品事業(樹脂・ケミカル・フィルム・電子情報材料)、(3)炭素繊維複合材料事業、(4)環境・エンジニアリング事業、(5)ライフサイエンス・その他と、5つの事業セグメントを擁する、2兆円以上の売上規模に成長しました。

東レ事業拡大・技術開発の歴史

東レ事業拡大・技術開発の歴史

すべては共通の「4つのコア技術」から派生

一見、当社は、異なるさまざまな事業セグメントを多角経営しているようにも見えるかもしれません。でも、実はこれらはすべて共通の「4つのコア技術」から派生しています。このコア技術から派生した共通の革新技術・先端材料が、繊維・樹脂からライフサイエンスまで、さまざまな事業に駆使されているのです。このように、当社の今の事業展開の姿は、「4つのコア技術」に立脚しています。

東レの研究・技術開発の「強さ」の源泉

(1)経営
「新しい価値」への「種」をまき続ける

経営者が、目先の利益だけを考え、すぐに商品化に至るような研究・技術開発だけに経営資源を投入すれば、短期的には営業利益はよくなりますが、将来必ず事業の種が尽きます。

研究・技術開発から、製品化して大きな市場を形成するまでには、非常に長い年月を要します。例えば、今、当社の主力製品のひとつであるトレカ®(炭素繊維複合材料)や、ロメンブラ®(水処理用逆浸透膜)も、研究開始から大きな市場形成までに50年近い歳月を要しました。

だからこそ「次」、さらに「その次」、「その次の次」の研究・技術開発に経営資源をしっかりと配分し、研究・技術開発の「パイプライン」をしっかりと形成していくことが重要なのです。

現に、長年にわたりしっかりと「パイプライン」を形成してきたことで、当社には、未来の事業の「種」が豊富に育っています。この事業の「種」が次々と芽を出し、成長していくことで、これからもさまざまな社会課題の解決に貢献し、それによって東レ自身もさらに成長していくでしょう。

東レ先端材料創出の歴史

東レ先端材料創出の歴史

厳しい時代も研究・技術開発へ投資し続ける

研究・技術開発は「コスト」ではなく、「投資」です。当社も、過去には経営が揺らぐような厳しい時代も経験してきました。それでもなお、1980年代後半以降、研究・技術開発投資は成長に合わせて着実に伸ばしてきており、現在、約4,000人の研究者・技術者が在籍し、年間約700億円の予算を充てています。

このように、景気に左右されずに、研究・技術開発投資を継続的に行う姿勢は、当社の経営の根幹であり、創業以来変わりません。経営が厳しい時も守り続けるからこそ、過去に日本企業から優秀な技術者が新興国企業へ次々に、引き抜かれる事態が発生した際も、当社の研究者・技術者はほとんど離脱しませんでした。それは長年培った相互の信頼関係によるものだと思います。そして、こうした着実な研究・技術開発投資こそが、次の時代に「新しい価値」を創造し、持続的な成長につながるということが、歴史の中の成功体験を通して組織の価値観として深く共有されているのです。

最大のクライテリアは「時代の要請に合致しているか」

東レは創業以来、「研究・技術開発こそ、明日の東レを創る」との信念に基づき、先端材料の研究・技術開発を推進しています。研究・技術開発のテーマ選定のクライテリア(判断基準)は、第1に「時代の要請に合致しているか」にあります。

炭素繊維を例に挙げると、研究・技術開発に着手した1961年当時は、ジェット旅客機が出始めた頃でした。重力に逆らって飛ぶ飛行機は、「軽くて強い」ことが最も求められるものです。「軽くて強い」炭素繊維は、必ず社会から求められるようになるだろうという確信、大きな時代観がありました。

また、海水淡水化を可能とする水処理膜の研究・技術開発に舵を切った際も、これからの地球規模での人口増加の予測のもとで、水・食糧の需要は飛躍的に増していき、地球の水のわずか2.5%しかない淡水では足りず、97.5%を占める海水を淡水化する技術が求められる時代が来るだろうという、やはり大きな時代観がありました。その後、50年近い間、粘り強い研究・技術開発を重ねてきた結果、今や、4億2千万人分もの水を、当社の水処理膜が提供するに至っています。

そして、第2には、自分たちの技術の競争力が本質的か、また、その競争力が長期に持続するかです。そのためには知的財産などによる堅固な参入障壁が築かれているかどうかが重要です。こうした見極めのもとに、次の時代を担う研究・技術開発テーマを選定しています。

ColumnTop 100グローバル・イノベーター2017の受賞

東レは、世界的な情報サービス企業であるクラリベイト・アナリティクス社(旧トムソン・ロイター社(米国)IP事業部門)から、「Top 100グローバル・イノベーター2017」の1社として選定されました。選出は、2015年に続き2回目です。

本賞は、同社が保有する特許データ(世界50特許発行機関が発行する約5,000万件以上の特許情報を収録)を基に、4つの評価軸(「特許数」、「成功率(≒査定率)」、「グローバル性」、「影響力」)から知財動向を分析し、世界で最も革新的な企業・機関を選出するものです。

今回は、東レの特許の質の向上および外国特許強化の取り組みが高く評価されての選出となりました。

CTOのコミットメントによりグローバルな連携を加速

創出した「新しい価値」を最大限に活かし、世の中にグローバルに提供していくためには、バリューチェーン上の関係者との連携の強化・加速が必要です。

例えば、ボーイング社には、777型機、787型機と、炭素繊維と革新技術を提供してきましたが、さらに次世代の航空機の創造に向けて、互いのCTOが定期的に会い、トップのコミットのもとに、材料提供だけでなく、航空機としての成形加工に至るまで、両者での共同開発を加速させています。

また、がんの新規治療薬を目指しているTRK-950の開発では、欧米のがん治療の第一人者の方々と定期的にトップ会談を行い、彼らからの強力なサポートを得ながら、臨床試験を進めています。

(2)組織
分断されないワンパッケージの研究・技術開発体制

東レの研究・技術開発の最大の特長は「分断されないワンパッケージの研究・技術開発体制」にあります。「研究・技術開発」と一口に言っても、広大なフィールドから井戸を探り当てる「研究本部」から、事業化への道筋をつける「新事業開発部門」「開発センター」、事業本部・生産本部に帰属する「技術部」、さらには、設備面から技術開発を支援し、生産体制を構築する「エンジニアリング部門」など、さまざまな現場があります。それらを、繊維やフィルムといった「事業本部ごとの体制」ではなく、「技術センター」という組織に、すべての研究・技術開発機能を集約させた「分断されないワンパッケージの体制」とし、CTOである私が全体を統括する点に当社の特色があります。

このワンパッケージの体制であることの大きな効果が3つあります。

分断されていない研究・技術開発体制

分断されていない研究・技術開発体制

これからは「技術融合」の時代

第1に、技術融合が非常に起こりやすいことです。近年は、単一の分野の研究・技術開発が相当進展したこともあり、ひとつの革新技術だけでは大きなイノベーションは起こりにくくなってきました。これからは、ますます「技術融合」がイノベーションの鍵となる時代です。

一方で、技術融合は、事業分野ごとに分断された研究・技術開発体制では、なかなか起こり得ません。

例えば、少量の血液から、さまざまながん細胞がそれぞれ特異的に放出する微量の「マイクロRNA」を検出することにより、各種のがんの早期発見を可能にすることが期待できる「DNAチップ」について、現在、実用化に向けた開発を加速化させています。この「DNAチップ」は、バイオテクノロジーそのものに加え、100㎛ほどの微細な柱状の構造配列体に、検出用のDNAを整列させて高密度に固定するというナノテクノロジーとの融合により、従来比100倍という非常に高感度の検出力を実現しました。がんは、日本人の2人に1人が罹患する病です。今後、先進国だけではなく世界中の多くの国が高齢化していく中で、高感度の「DNAチップ」は非常に大きな可能性を秘めていますが、それは「技術融合」なくしては生まれませんでした。

こうした「技術融合」をさらに加速させるべく、現在「未来創造研究センター」を建設中であり、2019年の完成を目指しています。

DNAチップDNAチップ
未来創造研究センター(イメージ)2019年12月完成予定未来創造研究センター(イメージ)
2019年12月完成予定

ひとつの革新技術・先端材料創出の成果をいくつもの事業に活かす

第2に、このワンパッケージの体制であることにより、ひとつの革新技術・先端材料の創出を、いくつもの事業に活かすことができます。

東レは、繊維・樹脂からライフサイエンスまで、さまざまな事業を展開しており、選択と集中ができていないのではないか、との指摘を受けることがありますが、これは間違いです。鉄鋼メーカー・アルミメーカーが飛行機、自動車、家電などさまざまな製品に鉄やアルミを供給しているのと同様に、我々が研究・技術開発しているのは、最終製品ではなく基礎化学素材です。例えば、「フィルム」の高付加価値化のために「革新ポリマー」を開発する。その「革新ポリマー」は、実は「繊維」にも「樹脂」にも活用できる。こうして、創出したひとつの革新技術・先端材料を、ワンパッケージの体制がハブとなって、他分野にも活用していくことにより、年間約700億円の研究・技術開発投資に対するリターンの極大化を図っているのです。

分野を超えた協力がブレークスルーをもたらす

第3に、こうした体制によって、ひとつの事業分野の難題に、他の多くの事業分野の技術や知見がブレークスルーをもたらしています。例えば、炭素繊維の課題解決に、分野が全く異なる医薬の研究者が、自分たちの強い要素技術である有機合成化学の技術や知見で支援するといったケースなど、多くあります。異分野の研究者同士が、互いに知恵を出し合い、課題を解決するということは、「事業本部ごとの体制」ではあり得ないことです。これも、ワンパッケージの研究・技術開発体制であるからこその強みです。こうした分野間の連携・協力が強みとして最大限に発揮されるよう、技術センターが各部署間をコーディネートし、重要課題の解決を加速させるような仕組みを構築しています。

(3)東レ研究者・技術者のDNA
「超継続」「極限追求(深は新)」

東レの研究者・技術者のDNAを象徴するキーワードとして、「超継続」「極限追求(深は新)」が挙げられます。「深は新なり」、これは高浜虚子の言葉ですが、ひとつのことを深く掘り下げると新しい何かが見えてくるという意味です。

例えば、炭素繊維の研究を本格的に開始したのは1961年。当初から飛行機の構造材としての採用を目標として見定めていましたが、当時は炭素繊維の市場はほとんどありませんでした。このため、釣竿やゴルフクラブなどに活用することで、キャッシュフローを生みながら、粘り強く技術を磨いたのです。釣竿やゴルフクラブのお客様からは、製品改良や性能向上に関して数々の厳しい意見をいただきました。その声をよく聴き、粘り強いブラッシュアップを徹底的に重ねました。このような努力を「超継続」した結果、最終的には強度や弾性率を3倍にまで高めていったのです。この間、世界の数々の有力化学企業が炭素繊維の技術開発に挑戦しながら、途中で次々に断念、撤退に追い込まれていきました。

そして、研究開始から40年以上経た2003年からボーイング787プロジェクトが始まり、今や世界中の空を飛び、さらに自動車にも用途拡大され、当社は世界のトップシェアを獲得しています。

この炭素繊維複合材料のさらなる「未来」は、建造物への活用だと思っています。鉄筋やコンクリートを炭素繊維複合材料に替え、「軽いが強い」高層ビルを造る。それにより、原材料の輸送から建設、廃棄に至るライフサイクル全体でのコストや地球環境負荷の低減に加え、安全性の向上による(建造物の)損傷被害の減少など、さまざまな可能性が生まれます。この実現には、まだまだたくさんの課題の解決が必要ですが、私は炭素繊維複合材料の可能性はまだまだ広がると思っています。

内なる「フロンティア」

研究・技術開発の「フロンティア」はどこにあるかというと、実は科学技術の最先端ばかりではありません。例えば、「繊維」は非常に古くからある産業ですが、当社の開発した新素材によるヒートテック®のように、深く掘り下げることにより、人々の暮らしを快適に変える、新たなイノベーションが起こり得るのです。

  1. ※ ヒートテック®は株式会社ファーストリテイリングの登録商標です。

自由な風土と「アングラ研究」
ー 「やってよろしい」ではなく「やってください」 ー

広大なフィールドの中で、最初に井戸を掘り当てるのが、研究者の任務です。感性を研ぎ澄ませ、独創性を高めてもらうために、自由で裁量性の高い風土でなければなりません。

当社では昔から、勤務時間の20%くらいは、自由裁量で上司への報告も不要な「アングラ研究」を大切にしてきました。この仕組みにより、研究テーマとして採用されていないものでも、研究者の自由な発想で予備的な実験・調査を行うことが可能になります。これを「やってよろしい」ではなく「やってください」と奨励してきたのです。

実は、炭素繊維も、大阪工業試験所(現 産業技術総合研究所関西センター)の進藤昭男博士の発明の価値をいち早く見抜き、本格研究に着手できたのは、「アングラ研究」していた研究者の「目利き」によるものです。他にも、液晶反射板用フィルムやウルトラスエード®(人工皮革)など、当社に大きな利益をもたらした大型製品の多くは「アングラ研究」から生まれています。

私自身も、フィルムの研究者時代に、「アングラ研究」によってフィルムの積年の課題を解決に導いたことがありました。当時のビデオテープ用のフィルムは、記録特性をよくするために、フィルム表面を平滑にする必要があるが、平滑にするとテープの走行性を悪くしてしまうという、「記録特性」と「走行性」のジレンマに悩まされてきました。このジレンマを解決するための技術が、「アングラ研究」の中から生まれた「薄膜積層技術(NEST)」です。この技術は、粒子をフィルム表面に整列させることにより、表面の粗さを10~20ナノメートルのオーダーで制御した微細な突起を形成することで、この「記録特性」と「走行性」を両立させることができたのです。

研究の始まりとは、ファジーフロントエンド(曖昧・不確かな世界)の中からテーマを創出させるものです。大きなテーマの創出のためには、研究者の独創性を尊重した基礎・基盤研究を進め得る仕組みが重要なのです。

研究者・技術者の創造性・モチベーションを高める組織マネジメント

研究開発と一口に言いますが、研究と技術開発はその性格が全く違います。したがって、東レでは研究と技術開発の間に「・」を打っています。研究はゼロから1を創るブレークスルーを狙うものですし、技術開発は決められた時間に決められたコストで目標品質の製品を作り上げるものです。研究では、その方向性は明確にしながら、研究者の創造性やモチベーションを高める組織マネジメントが、当社の伝統になっています。

基礎研究の評価は、原則、「加点主義」です。基礎・探索研究は失敗の連続。減点主義ではハードルの高いチャレンジングな課題設定をしなくなってしまいます。また、研究者が高度な専門職を目指せる仕組みをつくっています。例えば、その分野でオピニオンリーダーとなり、研究に対する姿勢や行動も素晴らしい「研究者のかがみ」である人材を「リサーチフェロー」として顕彰しています。現在、当社には7名の「リサーチフェロー」がおり、彼ら・彼女らの背中を見ながら、若い研究者たちが切磋琢磨しています。また、エンジニアリング分野で専門的リーダーシップを発揮している技術者を「工務技監」として顕彰しています(現在2名)。

研究者・技術者については、普段の行動もよく見ています。他者の研究・技術開発を積極的に助ける行動は高く評価します。研究・技術開発の活性化には、経営層が現場に入って、よく目を配ることが重要です。社長と若手のミーティングなどの場で、経営層が常に研究者・技術者に目をかけることなどによって、研究者・技術者が常にモチベーション高く、イノベーションを生み出し続けられる素地を保つことが大切だと思っています。

また、「超継続」の実現には、ノウハウの伝承が不可欠です。材料のイノベーションには「斬新なアイデア」と「蓄積された知識・経験」の両方が必要です。だからこそ、意識して若手とベテランの組み合わせを行っています。

すべては新しい価値の創造を通じた社会への貢献のため

こうした我々の研究・技術開発の「強さ」は、すべて「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」という東レの企業理念を具現化し、貫徹するためにあります。

社会的、経済的な多くの課題に対して真のソリューションを提供できるのは、技術革新以外にはなく、材料の革新なくしては、魅力的な最終商品は生まれないのです。

当社には、次世代を担う優秀な研究・技術開発スタッフが厚い層をもって育っています。これからも東レの強みを最大限に発揮して、社会をよりよく変えていくことのできる革新技術・先端材料の提供を続けていきます。