PROJECT STORY 02
研究×技術 極限追求。東レにしか生み出せない極細不織布
研究と開発の連携

シーズ先行の製品開発プロジェクトとは?
技術と開発から生まれるものづくり
技術と開発の連携が生み出す新たな価値

近年アジアを中心に需要が急速に拡大しているポリプロピレン(PP)スパンボンド(長繊維不織布)は、東レが現在アジアNo.1の地位を得ている製品だ。そのPPスパンボンド事業において新たな展開・拡大を図るには明確な市場を定め、かつ、これまでにない技術を生み出す必要があった。不織布事業のさらなる拡大、それを支える開発設備の導入という難しい課題に、東レのエンジニアたちはどのように立ち向かっていったのか、彼らの挑戦の軌跡を追ってみた。

Project Member

技術開発
遠藤 雅紀
不織布技術部
不織布技術課 部員 2009年入社
繊維システム工学専攻修了
研究開発
勝田 大士
繊維研究所
研究員 2003年入社
高等専門学校物質工学科卒

PPスパンボンド市場拡大のため
繊維の改良検討・方向性を相談

 「不織布」と聞いて、すぐにイメージできる人はあまり多くないはずだ。しかし繊維業界においては、注目が集まっている製品のひとつである。
「世界における不織布のビジネスは年々拡大しており、今後も安定した成長が期待されます。このため、東レでも継続的に新製品や新技術の研究・開発を続けており、新たな市場の創造を目指しているのです」
 こう語るのは、滋賀事業場で化学繊維製品の技術開発に携わっている遠藤雅紀。彼が今、手掛けているのは、ポリプロピレン(PP)による新たなスパンボンド不織布の開発である。
「スパンボンドはいくつかある不織布の製法のひとつで、熱可塑性の高分子を溶かして繊維状に長く吐き出しながら、連続的にローラーでプレスしてシートに加工していきます。製糸と製布が一貫して行えることから生産性が高く、低コストで大量に不織布をつくれるという強みがあるのです」
 現在、不織布としてもっとも成長しているのがスパンボンド製品であり、用途も衛生材料、生活資材、土木・建築資材、農業資材など多岐にわたる。
「ところが、あまりに多様な分野で使われているため、新たな製品を開発しようとしたとき、どのマーケットに焦点を絞っていいか、判断しにくいという問題が生じます。可能性が広いというのは、いいことばかりではないのです」
 しかも、遠藤が開発を進めているPPスパンボンド不織布は、東レがアジアシェアトップを誇る製品だ。そのことも、開発には大きなプレッシャーとなる。
「PPスパンボンドについては、韓国、中国、インドネシアの工場で生産した製品を、日本を含めたアジア各国の市場に供給するというグローバルなビジネスを展開しています。実績がある分、多くの生産技術的な知見やノウハウをもっているわけですが、その中からどれを新製品に活かすべきか、またその延長線上に解はあるのか、考えるべきことはたくさんありました」

 つまり、持ち駒である「シーズ」を多く抱えたまま、「ニーズ」を絞りにくい市場に立ち向かう。開発の方向性を決める作業は困難を極めた。
「開発の方向性を探るため、たくさんの不織布製品を頭に思い浮かべながら考え続けたのですが、なかなか答が出ない。まさに迷路に迷い込んでしまった気分でした」

要素技術の応用検討、
新たな技術の確立

 PPスパンボンド不織布でつくられる代表的な製品が紙おむつだ。紙おむつはかつて紙や綿で構成されていたが、1980年代以降に高性能化が進められ、今では大半がPPスパンボンドなどの化学繊維からなる不織布になっている。
「実際には紙はほとんど使われてなく、不織布と吸水材でつくられています。PPスパンボンドは紙より肌触りがよく、しかも『通気性はあるのに水は吸わない』といった求められる機能を実現しやすかったことから、徐々に使用率が高まっていきました」
 だが、ほぼ不織布でつくられている代表的製品に関しても、遠藤は当初あまり興味を持てなかったという。
「新たな不織布が入り込む余地が小さく、新製品を開発する旨みがないと感じたからです。それより、まったく違う分野で新たな用途をみつけたほうがいいと思っていました」
 そんな中、改めて社内にある技術の「シーズ」を見直そうと、開発プロジェクトのパートナーに選んだのが繊維研究所の勝田大士だった。勝田が言う。
「声を掛けられたときには少し驚きましたね。繊維製品の場合、直近の事業拡大に繋がる短期的な製品開発は主に技術開発部署が行い、研究所は数年後・数十年後を見据え、ポリマーや製糸、繊維構造制御、高次加工などの要素技術の深化を目指した先行研究を行っています。それぞれ、目標とする未来に時間差があるため、新たな製品の開発を始めから共同で進めるケースはあまり多くはありませんでした。しかし今回、遠藤さんに『繊維素材そのものから可能性を考えたいので相談に乗ってほしい』と言われ、すぐに『おもしろそうだなあ』と思いました」
 一方、遠藤は研究所と一緒に製品開発を始めた理由について、こう説明する。
「ポリマーや繊維に関して知見をもつ人が大勢いるだけでなく、研究所には小さな設備もあったので、規模の大きな工場の設備と比べて、こまめにテストができると考えました。とにかく先が見えない開発では、少しでも多くのテストを繰り返しながら、方向を探っていくべきだと考えたのです」

ターゲット市場の製品調査

 異なる部署の2人がパートナーとして顔をつきあわせ、研究・開発の方向性を探っていく。そして、遠藤が開発の対象としてたどり着いたのが、高級紙おむつだった。
「PPスパンボンド不織布の最大の用途はやはり紙おむつですから、そこで新たな需要がみつからないかと思ったのです」
 奇をてらうのではなく、主戦場で勝負してみるべきだ。遠藤は、買えるだけの紙おむつをすべて購入し、会議室のテーブルの上に積みあがったパッケージを全て開けて手触りなどを確かめたという。
「方向性としてひとつ考えられたのは触感を重視した高級紙おむつでした。紙おむつ市場の拡大の主要因は中国の富裕層による圧倒的な支持。もっと風合いや手触りのいいものができれば人気が出るかもしれない。すぐにマーケットの調査を始めました」
 これに対し、勝田は技術面から解決方法を検討していく。
「触感の差別化という方向で新たな需要を生み出していくには、並大抵の進化では不十分です。新製品を触った瞬間に『今までとは、全然、違う』と感動できるほどのインパクトが必要。そのためには、繊維そのものから大きく変えていく必要がありました」
 やがて、高級紙おむつというテーマに的を絞った遠藤は繊維研究所に通い詰め、勝田たち研究員と共に試作やテストを繰り返すようになる。そして月の半分を研究所で過ごす、という生活を送った結果、開発における技術開発部署と研究所の違いをしっかり認識することができたという。
「研究所は設備の規模が小さい分、小回りの利く検討が可能です。困難に直面したとき、科学の原理原則に立ち返って解決方法をみつけていこうとする点は同じですが、工場の大きな設備ではなかなかじっくりと検討することができない場合もあるので、それぞれの強みを知るという意味では貴重な経験になりました」

 その間も、遠藤は「この製品が市場に受け入れられるのか?」といった自問自答を繰り返していた。
「開発の方向が間違っていないかを常に考えていくのは、プロジェクトを進めていく上で当然のことです。実は、当時は私自身も子育て中で紙おむつを使っていました。あるとき、外出先で手持ちの分がなくなったため、いつもより安い製品を買って代用したのですが、2歳になる息子は肌触りが気に入らなかったのか、帰宅後、いつもの紙おむつを手に取り、こっちがいいとせがんだのです。子供にそこまで違いがわかるなら、それを選択する親は必ずいる。高級紙おむつの市場は絶対に伸びると感じたのです」
 一方、勝田は遠藤と違い、あえて市場のことは考えないようにしたという。
「プロジェクトにおいて私に求められる役目は、必要な機能を要素技術にまで落とし込んで実現することです。このため、最初に決めた方向性に基づき、製品としての『あるべき姿』だけを追うように努めました」
 研究者として期待されたことにとことん応えていく。それが自分がすべきことであるという思いからだ。

新たに開発された繊維の
量産化に向けた開発設備の導入

 遠藤が研究所に通うようになって数カ月後、ようやく、新しい製品につながる試作品ができあがった。手触りを確かめながら、思わず2人の顔から笑みがこぼれた。
「それは画期的な不織布でした。軽く触っただけで明らかに感触がよく、『革新的な紙おむつ』となり得る素材だったのです」
 決め手のひとつになったのは、勝田が新たに開発した繊維だ。
「ポイントは繊維だと思ったので、それこそ何百もの条件検討を行い、最高の風合いになるように原料や紡糸方法を工夫し、条件変更に伴う構造変化などの基礎データを採取していきました。この段階でいろいろ試しておけば、工場の設備でそれほど多く検討しなくても方向性を見定めるのに十分な傾向が得られます。要素技術に落とし込んだ開発とは、まさにこういう方法なのです」
 2017年秋、さらなる開発を進めるための新たな設備が導入された。遠藤が説明する。
「滋賀事業場内に新たな不織布の開発設備を置き、紙おむつをはじめとする衛生材料用スパンボンドの本格的な開発が始まりました。より実機に近い設備を使うことで、ニーズがあったときには、すぐに生産に移れるようにしておくのです」
 新しく開発されたPPスパンボンド不織布は高級紙おむつの新たな市場を創出すると期待されるものの、製品化されるのは、まだ先の話だ。
「素材が最終製品として市場に出て行くまでには数年以上かかるときもあり、今は、ようやくスタートラインに立った段階。今後、私たちはさらにシーズの開発を進め、メニューを増やしておきます。そうすることで、世の中の『こんな不織布がほしい』といった多様なニーズに迅速に応えることができ、ビジネスを成長させることができるのです」

 その作業には勝田も協力していくことになるが、製品開発のプロジェクトに直接携わったことで、彼にも新たなビジョンが生まれてきた。
「不織布の可能性をもっと広げていきたい。例えば、現在のスパンボンド不織布の用途は衛生材料や土木・建築資材などであり、アパレル分野で使われることはほとんどありません。様々な課題はありますが、一つひとつ課題を解決していくことで、新たなアパレル製品を創出できるかもしれません」
 開発を一区切りした遠藤は、その後、韓国の工場に派遣され、研修を兼ねて生産への支援を行いながら、PPスパンボンド不織布事業の新たな展開を考えてくるつもりだ。そして勝田は、いままでにない画期的な素材をつくりたいという夢に向かい、改めて要素技術から研究を始めようと決意している。
 将来、成長した2人が再び顔を合わせ、開発と研究の強みを活かすことができれば、再び革新的な技術が生まれていくに違いない。

※役職はインタビュー時のもの
※掲載内容は取材当時のものになります

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